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第15回:(株)日本触媒 筑波地区研究所
(株)日本触媒 筑波地区研究所

 今から45年も前になりますが、主任教授のご紹介で「日本触媒化学工業(株)」を訪問させていただいたことがあります。当時の重役さんが、何もわからぬ若造を相手に、酸化反応用触媒について詳しくお教えくださった記憶があり、同社は酸化反応用触媒・若者相手に気さくな会社、として印象に残っています。同社は現在、紙おむつに使われる吸水性樹脂の世界全体の約四分の一を生産しているとのことで、高吸水性樹脂のメーカーとして存在感があります。また20年ほど前に、「(株)日本触媒」として社名を変更されたりしてあらたな企業イメージ確立に努力されているように見受けられます。
 平成21年4月7日、同社筑波地区研究所を訪問しました(溝口、野上)。同社からは、中川基盤技術研究所長、IR・広報室 來栖マネージャーにお付き合いいただきました。
 まず15分ほどの企業紹介ビデオを見せていただき、続いていつものように質疑応答をお願いしました。最初に、上記のように45年前にお世話になった話をしたのですが、当時の八谷社長が高杉良氏の企業小説「炎の経営者」として紹介されているということで、すっかり雰囲気がほぐれて興味深いやり取りが続きました。

Q:商品生産系統図を見ると、御社は酸化エチレンとアクリル酸・同エステルおよび高吸水性樹脂、それと触媒が中核になっているというように思われますが、そういう理解でよろしいでしょうか?
A:そういう理解でよいと思います。最終製品としては、酸化エチレンのような基礎化学品より吸水性樹脂のようなポリマーの方に重心が移っています。年間売上高が約3000億円、そのうち半分以上が吸水性樹脂を含む機能性化学品です。

Q:社名から見て、おおもとの基盤技術は触媒技術ということでしょうか?
A:当社の出発点は、気相酸化での無水フタル酸製造です。そのとき以来、固体触媒を用いる気相酸化が中核技術になっています。1941年のことで、実質的な創業者の八谷社長は、「炎の経営者」として高杉良さんの小説にも取り上げられています。

Q:御社の創業時のお名前が、ヲサメ合成とかちょっと変わったお名前であったと聞いているのですが。
A:もとは、納(おさめ)五平を社長とするヲサメ硫酸工業株式会社からオサメ合成化学工業が新会社として出発しています。硫酸製造にはバナジウム酸化触媒が必要で、その国産化に成功し、さらにこの触媒を用いてナフタレンの酸化による無水フタル酸製造に成功したのです。無水フタル酸は染料や塗料の原料として重要だったようです。八谷さんは、この時代の技術開発の中心でした。

Q:酸化触媒というと、やはりバナジウムあたりが主なのでしょうか?私(溝口)は、卒論で銀触媒によるエチレン酸化を扱いました。自分で触媒を調製するということで、ようやく反応が進んだというところで終わってしまったのですが。エチレンの酸化触媒は、今は変わっているのでしょうね。
A:エチレン酸化は今でも銀系ですよ。酸化触媒はものによってバナジウムを用いることはあります。

Q:酸化エチレンは、エチレングリコールにしてPETの原料にするのがメインと思いますがいかがでしょうか。
A:そうですね。他にはエチレングリコール(EG)は不凍液にも使われています。2000年当時で、酸化エチレンは半分がエチレングリコールとして売られていました。今は酸化エチレン25万tの2割がエチレングリコールで、割合として減少しています。中東で多量に作られるようになり、エチレングリコールは市況の影響を受けやすくなっているため、当社では収益性安定化のため非EG化を推し進めているのです。
 酸化エチレンには、界面活性剤分子の親水性部分を担うという大切な役目があり、用途はグリコールからこちらの方へシフトしています。また酸化エチレンには爆発性があり、法規制が厳しくなって輸送がしにくいという面があります。それでこういう状況を生かし、インフラを整備してパイプによるEO輸送を強化したり、界面活性剤やその他の川下製品を強化して販売を伸ばす、という方向になってきています。現在、酸化エチレン系の売上は、約700億円弱となっています。

Q:御社では酸化反応がキーになっているようですが、そうすると発熱制御や副生成物の分離なども問題になると思います。触媒以外に何かキーになるような技術がありますでしょうか?お差し支えなければ。
A:多管式反応装置で熱媒を通して温度制御する、というようなことはやっています。どこでもやっているのではないでしょうか。

Q:ホームページを見ると、酸化エチレンの川下製品であるN-ビニルピロリドンを作っておられます。これが光ファイバーに使われているとのことですが、どのように使われているのでしょうか?
A:N-ビニルピロリドンには、いろいろなポリマーを溶かすという性質と紫外線で固まりやすい(樹脂化)という性質があります(UV硬化性)。光ファイバー製造に当たっては、主にウレタンアクリレートオリゴマー液を高速で塗布と同時に樹脂化させ保護膜にする必要があるのですが、このオリゴマーは粘度が高く線引きの速度が早いのでうまく塗布できません。それでこのN-ビニルピロリドンを加えて粘度を下げています。それに紫外線で固まるので、うまく保護膜の中に取り込まれるのです。(執筆者注:オリゴマーは低分子量ポリマーのこと)

Q:1991年に社名を「(株)日本触媒」に変えておられます。これは何か理由があるのでしょうか?
A:事業内容がだいぶ変わってきているので、コーポレートアイデンテイテイで名前を変えようということで社名公募しました。結果、やはり当社技術の根源である「触媒」を生かそう、ということになりました。

Q:大きな柱になっているアクリル酸は、1970年にスタートしておられます。酸化エチレンベースの製造技術からアクリル酸製造というと、かなり思い切った展開のように思われるのですが、アクリル酸製造に展開されたきっかけはどういうことだったのでしょうか?また吸水性樹脂の商品化は1983年とのことで、少し間が空いているように思えるのですが。
A:エチレン酸化のみでなくプロピレン酸化もやってみようというのが出発点です。ところがこのとき、プロピレンオキサイドでなくアクリル酸が効率よくできたのです。アクリル酸はエステル化することで塗料や接着剤の原料になります。当時は国際競争が激しくなってきた時代でしたので、こういうモノは将来伸びるだろうと予想して、思い切って大きなプラントを作りました。最初は、アクリル酸はそのままあるいはアクリル酸エステルにして販売し、またアクリル酸製造技術を海外にライセンス販売しようということでした。
 ところがあるとき、偶然ですがアクリル酸ポリマーがゲル化し、これに吸水性のあることがわかりました。これをきっかけに高吸水性樹脂へ展開し、それが紙おむつなどに用途が広がったのです。
(株)日本触媒 技術領域の樹

Q:アクリル酸については2度も偶然があって、それが今日の日本触媒を支えているのですね。
A:そういうことになったのは、雰囲気として研究者のアイデア・発想を大切にする、ということがあったように思います。

Q:高吸水性樹脂については、消臭など他の機能を上げることが大切になってきているように思われますが。
A:吸水倍率と吸水速度をコントロールすることが一つ大切なことです。消臭の検討も進んでいます。

Q:アクリル系樹脂は電子情報材料分野では光学用に使われているようですが、具体的には?透明性のよいことは知っていますが。
A:MMA(メチルメタクリレート)樹脂では、耐熱性が低いという欠点があります。これを当社開発の特殊モノマーとの共重合で耐熱性を高くすることが出来ました。更に溶融押出成型技術を開発し、フラットパネル用のフィルムへの展開が可能となり注力しています。

Q:商品の中に、コンクリート混和剤用ポリマーがありますよね。戸田建設さんの研究所にお伺いしたとき、コンクリートの強度を増すために減水剤を使っているというお話があり、大変興味を引かれました。これは界面活性剤的な化合物が主成分のようですが、同じ目的のモノと考えてよいでしょうか?
A:その通りですね。水を減らすのが目的で、混和剤メーカーにポリマーを売っています。コンクリートを流し込むとき、流動性をよくする必要があります。このとき水が多いと、乾燥に時間がかかりますし、あとでひび割れをおこし強度が低下したりします。それでこういう混和剤が要求されます。素材としてはナフタレンスルホン酸系やリグニンスルホン酸系などが従来からあり、当社のポリカルボン酸系のものはハイエンド品という位置づけです。
 インフラ用に高強度コンクリートが必要とされており、現在、世界における生産能力は年8.5万トンです。日本触媒では、中国やアメリカで現地生産もしています。

Q:話は変わりますが、御社ではいくつか学会賞を受賞しておられますね。最近では、エタノールアミンの新規製造技術で大河内記念技術賞、日本化学会化学技術賞、化学工学会技術賞、それに触媒学会の学会賞(技術部門)と大きな賞を4つも受けておられます。受賞のポイントはどういうところにあったのでしょうか?
A:化学企業では技術導入するケースが多かった。それに対し、日本触媒はほとんど自社技術です。今は顧客要求から開発スピードが速くなって、そうばかり言っていられないのですが、それでも、自力でという意識は続いているように思います。エタノールアミン類は、酸化エチレンとアンモニアとの反応により得られるのですが逐次反応のため、モノエタノールアミン、ジエタノールアミン、トリエタノールアミンのある比率の混合物となってしまいます。
 しかし需要量はジエタノールアミンが多い。それで、これだけを作りたいということで研究を進め、分子の大きさと細孔径を利用して反応の選択性を上げるようにしたのです。これにより分子の大きいトリエタノールアミンを生成しにくくすることに成功しました。

Q:筑波に研究所を設立された目的は、どういうことだったのでしょうか?
A:1988年に、当社の次代を担う事業の基礎研究を行う研究所として、機能材料研究室(先端材料開発)、生物工学研究室(バイオテクノロジーの応用)を擁する筑波研究所を開設しました。当時は現在の様にインターネットが普及しておらずどこでも情報が入るものでなく、情報が入手しやすい筑波研究学園都市の地の利を生かして長期的なテーマで、ということでこちらに来ました。今年で筑波に研究所ができて21年目、電子情報材料とバイオテクノロジー関連の研究を展開しています。
 目的に合っているかということですが、多少計画より時間がかかっていますが、これまでに当社の収益に寄与する製品が多く出てきており、まずまずということと思います。

Q:ところでこの研究所の規模はどれくらいでしょうか?
A:筑波地区研究所には、バイオ&バイオマスグループ、機能性色素開発チーム、そして研究企画部と派遣社員からなり30名弱です。当社の研究開発体制は、吹田、姫路、筑波に6つの研究所と1つの生産技術センターがあり全体で400名くらい。そのうち20名強の研究員が筑波におります。
前列:株式会社日本触媒 中川浩一基盤技術研究所長、IR・広報室 來栖 暁 マネージャー(工学博士)(右から)
後列:溝口、野上(右から)

Q:これからの事業展開、研究展開については?エネルギー、環境問題を含めて。
A:今年からはバイオマス利用に注力して取り組む予定です。地球温暖化・原油枯渇等の問題に対して持続可能な環境作りのため、バイオマス利用による基礎化学品の製法開発を推進しようとしています。特にバイオマス利用というと今後非可食バイオマス利用が中心となります。まずこのためにはバイオマス原料の分解が必要であり、生物学的・化学的分解法も含めて検討しています。

Q:つくば内での共同研究、交流の具体例をお教えください。
A:共同研究は、年に3,4件。筑波の研究所規模の割りに多いと思います。

Q:つくばでの研究交流やSATの活動についてご意見がありましたら。
A:交流することには、興味を持っています。自分のところに合ったテーマなら、研究会にもぜひ参加したいですね。

Q:もう1時間半以上たってしまいました。本日は長時間このようにお付き合いいただき有難うございます。これからもぜひSATをご支援ください。
A:本日はわざわざお越しいただいて有難うございました。


(感想)
 二度の偶然でアクリル酸ポリマーが吸水性樹脂として発展してきた、というお話には驚きました。しかしそれは、技術の自社開発を大切にして地道に、そして若手を大切に進んできた、という実績に裏打ちされています。自社技術を大切にする日本触媒の姿勢は、「学術都市筑波」の理念と重なり合うところが多いように思えます。
 否応ナシに国際化の進む現在、研究者も企業も、まずは自力をつけなければ なりません。そのためには独りよがりにならない、周りを見ることができる能力も必要です。今回の日本触媒訪問から、「交流をもとに科学の振興を」というSATの考え方の大切さを改めて確認できたように思います。(溝口記)

(参考)
株式会社 日本触媒 ホームページ
http://www.shokubai.co.jp/


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