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第22回:理想科学工業(株) K&I開発センター
理想科学工業(株) K&I開発センター建物外観

 私の場合、理想科学工業株式会社の名が身近になったのは、例のプリントゴッコが有名になったときではないかと思います。またその前後には、リソグラフという印刷機の名を聞くようになっていました。実は、その印刷機の本体にはお目にかかっていなかったのですが、静岡大学工学部に異動したとき、事務室に印刷機が2台あり、一方は印刷機というより複写機といった方が良い富士ゼロックス、もう一台がリソグラフでした。学生さんに資料配布するときには人数が多いのでこちらのほうが割安、という話であったと思います。なぜ割安なんだろうと思いながら、それはそのままになっていました。
 平成21年10月13日、理想科学工業K&I開発センターを訪問させていただきました(溝口、野上)。ご対応は、池嶋副所長です。例によって、最初にSATを簡単に紹介させていただき、また、事前につくば市の同社ショールームを見学させていただいて、その結果、技術的な質問がいくつか用意できた、といったことを導入に、やり取りが始まりました。2時間近いインタビューになりましたが、池嶋副所長には、終始にこやかにお答えいただきました。

Q:ホームページを見たり、筑波のショーケースを見せていただいたりした上でのことですが、御社の事業は主に印刷機の製造と販売で、特にリソグラフとインクジェットプリンターの2種、という理解でよろしいでしょうか?
A:そういう理解でよろしいと思います。

Q:理想科学という社名からして、創業者の情熱が伝わってくるように思われます。最初に事業内容、沿革を簡単にご紹介いただけますでしょうか?
A:戦後、創業者が謄写版印刷を用いた筆耕を生業として始めたのが事業の出発点です。ある時、インキの入手に関して苦労したことがあり『それなら自社でインキを作ろうじゃないか。』と考え、創業者が文献を頼りに、大学の先生を訪ねて教えを請うなど苦労して、エマルションインキを作り上げたのが、メーカーへの転換点だったということです。
 二つの印刷機器についてですが、リソグラフ、これは孔版印刷機です。誰でも簡単に操作できる印刷機です。コピーなどより高速ですし、印刷単価も安いので、学校などでたくさんご使用いただいています。しかし、お客様によっては、カラーの印刷物が欲しいというご希望が強く、それがインクジェット型の高速カラープリンター・オルフィスの開発につながりました。
 生産拠点は日本で3ヶ所、海外は中国に拠点を構えています。販売拠点は世界中に数多くあります。連結で売り上げは840億程度。特別損失の計上などの関係もあり、今年度は赤字決算の予定です。

Q:海外でも活躍されているようですが、海外売り上げはどれくらいの割合でしょうか?またリソグラフとインクジェットの割合は?
A:海外売り上げは半分弱です。機械と消耗品などを合わせた売上げ比率で見ると、リソグラフが6割強で、インクジェットの方は2〜3割です。
シンプルな操作で手軽に2色プリントができる高速デジタル印刷機 RISOGRAPH MZ770

Q:リソグラフはよいネーミングと思います。昔からリトグラフ(石版印刷)という印刷手法がありますし、「リソウ」という語にも気を引かれるところがあります。このリソグラフというのは孔版印刷機のみに使われているのでしょうか?
A:おっしゃるとおりです。創業者は、社名を考えるとき、日本語の中で一番きれいな言葉を使いたいという思いがあったそうです。化学ではなく科学を冠した点にも、事業に対する意志が込められていると聞いています。

Q:具体的な話に入らせていただいて、まず孔版について、これは小さな孔を作るということでしょうから、簡単に言えば謄写版印刷(ガリ版)と考えてよいのでしょうか?また、版の実際の作り方は?
A:基本は、謄写版印刷です。小さな孔の開いた回転ドラムがあって、ドラムの内側からインキが供給されます。電動髭剃り機の肌に当たる部分の「沢山孔の開いた板」を丸めた筒を想像してください。この表面に蝋原紙に相当する版を装着します。版は、表面に蝋の働きをする極薄のポリエステルフィルムがあり、接着剤で支持体(和紙)と一体化されています。版作りは、鉄筆とヤスリの代わりに、サーマルプリントヘッドを使っています。熱でポリエステルフィルムに直径40μm程度の孔を開けて、これで文字や図を形成します。この版がドラムに巻かれ、印刷が終わると自動的に剥がされるという仕組みです。
 お客様が、暑い夏でも寒い冬でも「同じような印刷物」を得るための機能も盛り込んでいます。インキはどうしても寒いところで硬くなるので、ガリ版印刷の頃は、ローラーの押し付け方を強くしたり弱くしたりして調節したそうです。現在の機械は、インキ容器に付けているタグにインキの粘弾性の温度変化の情報を入れています。一方、機械には、環境温度を測定する温度センサーを内蔵しています。それで、お客様が印刷機を使う時の環境温度を検知して、機械が印刷圧力を自動制御することにより、暑い場所で使っても寒い場所で使っても、最適な仕上がりになるようにしています。サーマルプリントヘッドも熱量制御できるようになっており、温度に適した孔を開ける工夫をしています。

Q:高速印刷のポイントは?
A:紙送りが大切な点です。ポイントは二つあります。一つは、印刷速度(A3の紙を1分間に180枚印刷する)の割りに小さな機械だという製品の特長に関係します。紙を高速で送るためには、どうしてもローラーなどの部品の回転速度が上がり、その結果、個々の部品の振動が起きやすくなります。部品精度を単純に上げるとか、簡単に振動が発生しないような重い部品を使うという方法では、性能(印刷速度・印刷位置精度・振動(=騒音)・機械の重量・電力消費量など)をバランス良く満たすことができないため、それぞれの部品の形状や素材に工夫を凝らしています。
 もう一つ、厚みや形状の異なる多様なカット紙(枚葉紙)を多様な環境で使えるようにするということを大事にしています。紙は「水素結合の塊」のようなものですから、湿度の高い梅雨時と乾燥した冬場では、性質が変わってきます。
 また、日本、米州、中国、欧州など、世界各地で紙質(厚み・硬さなど)の異なる紙が流通しています。
 印刷機の販売先と使用環境を想定して、これらの環境条件・紙種類に適合させるシステム作りをしています。

Q:リソグラフで2色刷りがあるようですね。ドラムで連続で何枚も印刷というと、2色刷りはちょっと考えにくいのですが。
A:これは印刷機の中に、デバイスが二つ入っているのです。サーマルプリントヘッドは一つですが、色の違うドラムが二つです。このとき、二つの印刷位置がうまく合わないといけない。そのために、印刷位置のぶれる要因を版を作る工程と印刷する工程について細かく分析して、ブレが少なくなるように設計しています。

Q:エマルションインクの開発が技術開発の出発点とのこと。インキとしてどういう特徴があったのでしょうか?今でも同じように作られているのでしょうか?
A:孔版印刷用のインキは、今も、エマルションタイプです。エマルションにする理由ですが、それは二つあります。ひとつは、油性だと粘度の温度変化が大きいのですが、水+油の形にすると、温度による変化幅を小さくできるのです。もう1点は、紙に転移した後の浸透性を上げて、乾きを良くするためです。
短時間で大量のフルカラープリントを可能にした高速カラープリンター ORPHIS X9050

Q:孔版印刷の基本はよく理解できたように思います。高速大量にということで、安くなるのもわかりますね。次に移らせていただいて、インクジェット方式の御社の特徴はどういう点でしょうか?
A:インクジェットプリンターで最もなじみがあるのは、家庭用の写真を印刷するようなプリンターだと思います。それらの機械は、ヘッドが左右に動きながら、表面が平滑な専用紙に、1〜1.5pl(ピコリットル)のインキを細かく打ち込んでいます。印刷速度はゆっくりで良いから、綺麗な印刷物を得たいという狙いに適った機械になっています。当社のインクジェットプリンター・オルフィスは、ライン型ヘッドを4列並列に配置して、高速な印刷ができるようにしています。さらに、封筒など凹凸のある紙も通せるようにするために、ヘッドと紙の間の距離・インキ滴の大きさ・吐出の速度などに工夫を凝らしています。画像の鮮明性については、ある程度割り切って、印刷速度を速くすることと沢山の紙の種類に対応できることを大事にしています。

Q:話を広げさせていただいて、環境問題へはどのように取り組んでおられるでしょうか?
A:日々の業務の中で、無駄な照明はこまめに消そう、ゴミは分別しよう、というような活動は日々行っています。
 しかし、メーカーとしては、環境負荷の低い製品をユーザーに提供する、ということが最も大きな環境貢献だと考えています。当社の主力製品であるリソグラフもオルフィスも、インキをセットするためのエネルギーを使わない印字装置です。LCAの考え方に則って、印刷物1枚を得るために必要なエネルギーを評価すると、環境負荷が極めて低いという特長を持っています。
 今後も、この特長をさらに活かすように製品のライフサイクルを見据えた技術開発をしていきたいと思います。
両面標準のA4対応ノンカートリッジ方式ページプリンター Prioa LP2000D

Q:御社の研究所は、ここのK&I開発センターと開発技術センターの2カ所があるようですが、そもそもK&Iの意味は?また2所の違いは?
A:K&Iは、key technology & innovation です。新しい機能を持った新製品のプロトタイプを作り、機能を実証するまでを担います。技術開発センターは、組み立て性・加工性などを含めて製品として上市するまでの全てを担います。

Q:これからの事業展開については、どのようにお考えでしょうか?
A:一言で言えば、ニッチを狙うということです。印刷産業の中でも、オフセット印刷は、市場規模が大きくお客様の要望も多岐にわたるためか、印刷機械・インキ・製紙の各メーカー、印刷会社など多くの専門企業が関わっています。
 それに比べ、当社は、極めて特長的な製品を作ってきました。その特長をさらに際立たせていくために、自社の中で電気・機械・化学・ソフトの技術者が一緒になって、お客様に満足していただく製品を提供して行くことが良いと考えています。

Q:筑波の研究機関との交流は、具体的に進んでいますでしょうか?
A:昔は、工業技術院で何度か技術指導を受けました。最近は、公的研究機関との間の共同研究はありますが、民間企業との共同研究の事例はありません。
 大学の先生や研究者のかたがたとの交流は、課題解決のための短期的なものだけでなく、長期的な視点も大事にしたいと考えています。
溝口コーディネーター(写真右)に対し、製品の概要や仕組みについて語る池嶋昭一開発本部K&I開発センター副所長(写真左)

Q:ところで、SATでは試案段階ですが、「触発研究会」というものを考えています。10名程度、他から学びたい人を集めたい。この場合、学ぶ能力、自分の仕事や研究内容をうまく伝える能力が必要です。2ヶ月1度程度、1年間で研究会+懇親会の形です。こういう研究会に研究員・技術者の派遣は可能でしょうか?
A:興味深い案だと思います。研究員の派遣は考えさせていただきたいですね。

Q:本日は長時間、本当に有難うございました。11月に訪問先企業を中心にした賛助会員交流会の開催を予定していますし、来年1月には筑波大学でテクノロジーショーケースが開催されます。こういうイベントにぜひご参加いただきたく思います。
A:検討させていただきます。ご案内をください。

(溝口 記)



(感想)
 品質(印刷の鮮明性)を多少犠牲にしても、コストと環境負荷を抑えるという、理想科学工業の製品開発に対するお考えが良く分かりました。一枚の版をもとに高速で多量に印刷すれば、確かに刷り上り一枚当たりのコストは安くなるでしょう。そしてそのユーザーは主に教育現場、という点もよく理解できます。教育に対する創業者の熱意が、今も企業精神の底流にあるようで強い印象を受けました。
 この訪問に先立ち、つくば市の同社ショールームを見学させていただき、丁寧なご説明を受けました。おかげで技術の中身について、ある程度つっこんだ質問が用意できたように思います。有難うございました。
 私の少年・青年時代、身近な印刷は謄写版(ガリ切り)でした。それがリソグラフとして、随分高度化されていることに感銘を受けました。リソグラフは、インキ、紙、版用紙、ドラム、位置決め、高速化・・・といろいろな要因が集積されています。ということは、高機能材料やソフト技術など、異分野との交流が役立つ機会も多いのではないでしょうか?ぜひ、SATの賛助会員交流会、テクノロジーショーケースにご参加いただきたいと思います。


(参考)
理想科学工業株式会社 ホームページ
http://www.riso.co.jp/


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