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第26回:キッコーマン(株) 研究開発本部
キッコーマン(株)研究開発本部建物外観

 キッコーマンといえば、日本人ならだれでも知っている醤油メーカー、千葉県野田市に本社・工場・研究所があり、2年前に本会の賛助会員になっていただきました。野田は昔から醤油で有名です。それには何か理由があるのでしょうか?最近のバイオ技術の進展は醤油作りにどのように生かされているのでしょうか?
 平成22年6月28日、同社研究開発本部をお訪ねしました(事務局長野上、コーデイネーター溝口)。野田市に入ると醤油の香りが漂います。早めに到着したので、工場群のあたりを少し歩いてみました。格式のある家が目立ち、そのうちの1軒は茂木一族の本家のようです。ちょうど昼時で、従業員の方々とすれ違い、皆さん、いかにもキッコーマンに誇りをもっておられるように見受けられました。
 研究開発本部では、松山本部長、半谷部長にご対応いただきました。最初にSATの概略を説明、そのあとキッコーマンの企業概要・醤油の作り方などをPPTでご説明いただき、Q&Aに入りました。
 キッコーマン(株)の概要ですが、同社は1917年、茂木・高梨・堀切の一族8家が集まって野田醤油株式会社を設立、その後、1964年にキッコーマン醤油鰍ノ社名変更、1980年にキッコーマン鰍ニなっています。売上高は約2856億円(平成21年度)、このうち海外売上げが半分近いとのことです。
 同社研究開発本部の前身は、1904年設立の「野田醤油醸造組合醸造試験所」で、会社設立以前からあり、既に100年以上が経過という歴史のある組織です。現在はキッコーマングループ全体のために、微生物、発酵、その他環境・安全などのテーマに取り組んでおられます。遺伝子組換え技術にも1980年くらいから取り組んでいるが、診断用酵素の生産などだけに利用し、食品には使っていないとの事です。研究開発はグローバルに展開されており、ヨーロッパ、アジア、アメリカにそれぞれ研究拠点を設立、現地ニーズに合わせた食品開発を進めています。


Q:最初にキッコーマンという社名ですが、これには何か由来というか理由がありますでしょうか?
A:合同前の昔、江戸時代から各家の屋号があり、「亀甲萬」もそのひとつです。会社としては1940年ころから使用しています。
キッコーマン わが家は焼肉屋さん 香味野菜たっぷり 塩だれ195g ラミコンボトル(焼肉屋さんの味をご家庭で楽しめる焼肉のたれです。)

Q:「おいしい記憶を作りたい。seasoning your life」、良いスローガンと思いますが、具体的にどのように生かしておられるのでしょうか?
A:「おいしい記憶」は、地球上のより多くの人がしあわせな記憶を積み重ね、ゆたかな人生をおくれるようお手伝いしていきたい、という想いを込めています。「season」には「季節」という意味のほかに、「時間を重ねさせる」「趣を添える」「味付けをする」という意味があります。

Q:初歩的なことですが、発酵と醸造の違いは?
A:同じように使いますが、醸造(Brewing)とは微生物の発酵作用を応用して酒や醤油を作ることを言います。「醸」という字は、「沸き立つ」という言葉に由来しております。お酒や醤油の諸味は発酵中、微生物の出すガスのためにぶくぶくとあわ立ちます。それを「醸」と表したのだと思います。

Q:野田の醤油は有名ですが、何か理由がありますでしょうか?
A:野田の醤油産業は今から約400年ぐらい前に発達しました。野田は利根川、江戸川という大きな川に挟まれ、原料の調達や製品の物流に便利な場所でした。原料の大豆は今の茨城県から、小麦は群馬県や千葉県から、塩は千葉の行徳から調達できました。江戸川の水質が醤油醸造に適していたとも言われています。また、大消費地である江戸のそばであり、江戸川を下ると、野田から江戸まで約半日という立地条件が整っていたため、醤油産業が発達したと考えられています。

Q:醤油作りの概略は先ほどご説明いただきましたが、日数はどれくらい掛かるのでしょうか?
A:現在では6ヶ月くらいです。昔は1年くらい掛かっていました。

Q:キッコーマン醤油の特徴は?
A:醤油には、九州・日本海側では甘い、名古屋ではたまりというように地域ごとの特徴があります。キッコーマンは家庭用として全国的に最も一般的な濃口を中心に使っていただいています。それと、それぞれの会社で用いる微生物や製法が異なり、それが各社の特徴につながっています。キッコーマン醤油は華やかな香りがするとよく言われます。

Q:大豆、小麦、塩が主原料とのことですが、その割合は?
A:大豆が5、小麦5、塩は出来上がりで濃口約16%、減塩で約8%です。

Q:濃口で塩分16%、その理由は?この濃度では雑菌が死んでしまうというような?
A:昔は18,9%でした。抵抗なく味わえる濃度として16%です。もちろん、16%でも雑菌は死滅します。

Q:大豆、小麦を蒸すことの意味は?
A:大豆は蒸す、小麦は炒ります。大豆中に含まれているタンパク質を分解しやすい形にすること、小麦のでんぷんを分解しやすい形にすることが目的です。蒸した大豆と炒った小麦を混ぜたあと麹菌を植え付け、約3日間かけ麹を作ります。できた麹に塩水を加え、約半年間発酵させます。塩水を加えると麹菌は死ぬのですが、麹菌の生産した酵素は残って働きます。その後、耐塩性の酵母や乳酸菌が作用します。

Q:水質についてはいかがでしょうか?
A:ここの地下水で、水質として満足できるものです。30年ほど前まで、野田の水道はキッコーマンが管理・運営していました。

Q:バイオテクノロジーの発展には目覚しいものがありますが、発酵反応のメカニズムは、もう分っているのでしょうか?
A:必要なメカニズムは十分分っています。
キッコーマンしょうゆ750ml ペットボトル(和・洋・中華どんな料理にも合い、世界中で使用されています。)

Q:職人技が結構大切なような気もしますが?
A:職人技は大切で、その技術を自動化に生かしています。

Q:仕込み容器に木桶を使っているのでしょうか?ホームページに出ていました。
A:容器は現在ではほとんどが金属製です。木桶は、もう修理する人がいないのです。特別なケースで木桶を使うこともあります。木桶を使うと、木の香りが入ってきます。

Q:濃口、薄口の違いは製法でしょうか、あるいは塩分濃度でしょうか?
A:薄口というのは、色が淡いということで、塩分濃度が低い場合は減塩と言います。薄口では、大豆、小麦以外に米を原料に使用しています。関西で使われる白醤油では、大豆をほとんど使っていません。

Q:醤油つくりにおけるキッコーマンとしての技術の特徴は?
A:日本の醤油会社は1200社もあります。各社それぞれの伝統があり、他の会社のことは分らないので比較は難しいです。ですから、キッコーマンの技術の特徴というのも言いにくいのです。あえて言えば、独自の微生物を使用し、それに適した管理を行っている、ということでしょうか。常に安定した品質の製品を提供しているという点も特徴のひとつだと思います。

Q:原料の入手はどうなっておりますか?
A:ほとんど輸入です。大豆はアメリカ、小麦はカナダ、塩はメキシコです。

Q:醤油粕の処理方法が問題のように聞いたことがありますが?
A:現在は家畜用の飼料としてほぼ100%使っていただいています。

Q:日本以外の国にも、特にアジアには醤油に近い調味料が存在すると思いますが、日本の醤油との違いは何でしょうか?
A:中国、韓国には現在の日本の醤油に似たものがありますが、原料の処理方法が異なったり、仕込み方法が異なったりします。また、原料に魚を使用する魚醤と呼ばれるものがあります。タイのナンプラー、ベトナムのニョク・マムが有名です。日本でも秋田のしょっつるが有名です。
キッコーマン うちのごはん もやしのにんにく醤油炒め90g パウチ(甘辛しょうゆ味で、白いごはんによく合う味です。)

Q:バイオ事業にも力を入れておられるようですが、その内容・目的、そのための技術ベースは?
A:もともとは醤油醸造で培った微生物技術を活用し、医薬品原料や各種臨床診断用酵素の製造販売を始めたのがきっかけです。現在ではこれらに加え、食品加工用酵素、ルシフェラーゼのような発光酵素、関連キット、健康食品素材なども扱っています。子会社のフードケミファではヒアルロン酸も扱っています。

Q:国際化に熱心なようですが、アメリカ進出の理由・きっかけ、海外展開の現状、海外売上高、などを。
A:醤油は江戸時代から海外へ輸出されており、高い評価を得ていたようです。明治政府は醤油を輸出品として重視していましたが、これに着目した創業家の一人が万博などに積極的に出品したことが本格的な海外進出のきっかけと思われます。現在の海外展開の状況はアメリカ、シンガポール、オランダ、中国、台湾に醤油の生産拠点を持っております。海外食料品製造・販売事業の売上は約487億円です。

Q:今は変化の激しい時代、これからの事業展開、研究展開について環境・エネルギー問題への対応を含めてお話ください。
A:市場やニーズをクリエートする、お客様にこんなものはいかがですか?と提案していく、そういう形でグローバルに貢献したい、と思っています。ターゲットとなる市場が成熟市場か成長市場かなど、それぞれの地域に合わせることも大切です。国内では成熟と言われるが、本当にそうなのか?違う調味料を出すこともですが、醤油の特徴を生かす使い方が忘れられつつあるというところがあると思います。

Q:ボツボツまとめになりますが、つくばの国立研究所、民間企業研究所との交流はどのようにしておられるでしょうか?
A:たとえば乳酸菌の免疫活性について産総研と共同研究していますし、筑波大学や食品総研との共同研究も進んでいます。
 実は、つくばは今まで少し遠かったんです。でもエクスプレスで近くなった。今までは東京との縁が深かったのですが、これからはつくばとも交流が深まると思います。
溝口コーディネーターに醸造技術等について説明する松山旭研究開発本部長及び半谷吉識研究開発本部研究戦略担当部長(写真左から)

Q:ポスドクの採用は考えておられないでしょうか?
A:Dr.はとっています。研究開発に必要な人材は学部卒、ポスドク等にこだわらず来て頂きたいと考えています。

Q:最後につくばへの期待、SATへの注文、連携のあり方などについてご意見を。
A:TXの開通でつくばは近くなりました。お客様のニーズにマッチした食品の開発、消費者への思いを共有しながら協力できる研究機関をもっと紹介していただきたいですね。

Q:本日は長時間有難うございました。今後も賛助会員としてご支援お願いいたします。SATフォーラムやテクノロジーショーケースにもぜひご参加ください。
A:今日はご苦労様でした。こちらこそよろしくお願いします。

(溝口)


(感想)
 醤油原料の大豆や小麦をどの程度に蒸すのか(あるいは炒るのか)、麹菌をどの段階でどの程度散布するのか、その生育条件は、塩水を加えるタイミングは?・・・、細かく見ると質問がいくつでも出てきそうです。技術の根幹に触れる可能性があり、こういった質問は遠慮したのですが、お話の端々に、伝統企業の自信が垣間見えました。しかし「おいしい記憶」が世界中に広がるためには、原料と気象条件にあった地域ごとの製法を確立していかなければなりません。世界戦略として、そのような試みに挑戦しておられるキッコーマンさんにエールを送りたいと思います。
 時代が違うと味覚も違ってくるようにも思えます。伝統技術をベースにして、時代にあった技術を作り上げていくことも大切なのではないでしょうか。そのようなときに、他分野の技術・考え方が役に立つのではないかと思われます。交流、情報交換はそういう意味で重要でありましょう。我田引水ですが、SATの存在意義を確認させていただく有意義な賛助会員訪問となりました。

(溝口 記)


(参考)
キッコーマン株式会社 ホームページ
http://www.kikkoman.co.jp/


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