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第37回:浜松ホトニクス株式会社 筑波研究所
 浜松ホトニクスといえば、小柴先生のノーベル賞受賞で有名になったあのカミオカンデ用の光電子増倍管(ホトマル)を製造した会社、それでなくてもホトマル中心に光技術で世界的に有名です。個人的には、私も浜松在職時にエキシマレーザーの利用でお世話になりました。
 筑波研究所では、「光とライフサイエンス」について研究を展開しておられます。近年、光を利用した生体機能の解明が著しく進展しており、光は今や、ライフサイエンス研究の重要なキーとなっています。そして光技術は、ライフサイエンスのみでなく、広範な先端技術の中核のひとつとして、今後ますます重要性が高まっていくでしょう。それは具体的にどのように進んでいくのでしょうか?
 平成26年7月11日、同所を訪問させていただきました。ご対応は、同所の伊藤所長代理(所長は社長が兼務)です。

以下、Q&Aです。
浜松ホトニクス 筑波研究所

Q:お忙しいところにお時間をいただき、有難うございます。早速ですが、まず企業内容、主事業、規模、売上高、従業員数などについて概略をご説明ください。
A:この資料をごらんいただきたいのですが、売り上げは最近では1000億円を超えています。事業分野は電子管、光半導体、画像計測機器、その他の4分野ですが、電子管事業と光半導体で全体の80%を占めます。これは光の検出と関連事業でということですね。従業員はグループを合わせ連結で4400人です。
 研究開発についてですが、売り上げの10%を研究開発にまわしていまして、その半分が研究所、事業部で半分です。以前は、13%程度を目標にしていましたが、現在は、売り上げが増加していまして、ものづくりに追われているという状況で、10%程度になっています。

Q:研究開発に力を入れておられるようですが、研究者数についてもお話いただけますか?
A:全部で350人、中央研究所に125人、つくばは9人です。ほかは、各事業部の研究開発部門に配属されています。それ以外にも、事業部の製造部門にも製造をしながら研究開発をしている従業員がおおざっぱに300人ぐらいはいますので、600人から700人ぐらいですね。

Q:研究者は、単体全従業員の2割弱という感じでしょうか?それでは、事業内容の変遷、その中での大きなエポックについてお話し下さい。
A:最初は光電管です。その技術をベースにホトマルに移って、今はホトマルは世界の90%以上を占めるようになっています。それから、昭和44年(1969)にマルチアルカリタイプのホトマルを開発したのが、エポックになっていると思います。また、オイルショックの時期には、分析計測から新しい市場開拓を狙い、その結果、医療機器用、高エネルギー物理用など応用分野が多様化しました。

Q:御社が光技術で幅広くやっておられることはよく承知していますが、おおもとのホトマルについてちょっと詳しくお聞きかせください。
A:基本的な原理は光電効果です。図をご覧ください。これはヘッドオン型というタイプですが、光が入射して光電面で光電子を発生、光電子が集束電極で加速されて増倍部(ダイノード)に入り、第一電極に衝突して複数の二次電子を発生します。あとは、二次電子発生が繰り返し起こり、最終的に100万倍にもなって電流として検出されます。

光電子増倍管(ヘッドオン型)の内部構造

Q:原理はよくわかります。その場合、光検出に限度があると思いますし、波長の影響もあるように思いますが。
A:その通りでして、光子が当たった時の光電子の発生割合、量子効率を高めることが重要な問題です。特に赤外のように波長が長くなると光のエネルギーが弱くなり、したがって光電効果も低下します。現在、光電面はまずアンチモンを蒸着させ、その上にアルカリ蒸気を当てて反応させて化合物半導体としています。先ほどのエポックにつながるのですが、現在はこのアルカリを3種類(マルチアルカリ)にすることで、近赤外域の量子効率の向上を図っているのです。

Q:そうすると、50年前と比較したときの進歩というと・・・。
A:昔は、5光子で光電子1個、ノイズも多いという状況でした。今は量子効率が2倍くらいになっています。これは、光電面製造技術の開発の成果でもあるのですが、最近は、半導体結晶光電面の開発も大きく貢献しています。GaAsPの光電面では、波長500nmの光で50%を超える量子収率が得られています。

Q:最近、近赤外線が注目されていますが、今の話にもつながるのですね。
A:ご存じのように、近赤外線は可視光に比べると、わずかですが生体を透過しやすいという特徴があり、また生体には無害です。そのため、生体計測の 観点から近赤外線が注目されています。人体計測はX線から赤外へという流れがあるように思います。したがって近赤外線領域の発生・検出は極めて重要で我々もデバイスの立場で参加しています。
 今後はより長波長の赤外線検出が課題になるでしょう。それは未踏領域への挑戦、と捉えています。

Q:ところで、カミオカンデは大型のホトマルと思います。大型にすることの意味、大型化に当たっての製造上の問題は?
A:アメリカの実験に勝つために、ホトマルからコンピュータへの入力回線を少なくすることで解析がしやすくなる、小柴先生はこのようにお考えになって、ホトマルの大型化を希望されたようです。
 ホトマルの大型化ということですが、大型化しても中身は同じです。管自体はガラス管メーカーで作成してもらい、中身は浜松ホトニクスで作るというようにしています。過去の経験の積み重ねで、これは比較的すんなりとできたと聞いています。

Q:光半導体では、今でもCdSが使われているのでしょうか?
A:CdSは今は使われておりません。RoHS指令で、世界的にカドミウムが使えないのです。光半導体は、今はシリコンです。

インタビューの間に(左:伊藤所長代理、右:溝口)

Q:レーザー核融合を検討されているようですが、その可能性、実用化の時期は?
A:これは20年とか30年先になると思います。核融合にはMJ(メガジュール)のエネルギーが必要です。今のところアメリカでは一日3、4回、MJで利得の実証実験が行われています。私どもは、10Jの半導体レーザー励起大出力レーザーを開発して、10Hzで繰り返し照射するということをやっています。次の段階は100Jにする、これを重ねてMJに、ということですね。

Q:時間分解分光についてもちょっと勉強させていただきたいのですが、これは「高速現象をさらに瞬間瞬間に追跡していく、それを分光的に行う」というように理解していますが、こういう理解でよろしいでしょうか?
A:概略はそんなところでよろしいと思います。

Q:分光的にというと、光信号が少なくなって検出や分析が難しくなるのではないでしょうか?
A:そのために、高速の検出器の内部に信号を増幅する仕組みを作ったり、高速にスキャンを繰り返してデータを積算するようにしています。分光することで、たとえば植物の光合成での電子伝達状況など反応過程を追うことが可能になります。

Q:話題を変えさせていただいて、化学・物理・生物・機械・・・のように分野分けをした時、研究者・技術者の割合はどんなものでしょうか??
A:化学15、物理15、機械15、電子が40%くらいです。バイオは応用と位置付けていて、それほど多くありません。

Q:今までのお話でも、光技術で幅広い展開をしておられる。今後の事業活動でハード面、ソフト面でキーとなる技術というと、どのようにとらえておられますか?
A:光技術は応用分野が幅広いのです。自動車業界の場合は、頂点に自動車メーカーがあって、その下に技術・部品を供給する関連会社や部品メーカーが裾野を作るピラミッド型といわれますが、我々の場合は逆ピラミッドなんですね。例えば、赤外のデバイスを開発した場合、そのデバイスを使ってモジュールを作るメーカーがあって、そのモジュールを利用したシステムを販売するメーカーがある。そのシステムによって新しい応用が広がります。ですから、私たちの光技術が応用分野をつくり、新しい産業を創成していくと考えています。今後も、各種産業からのニーズに応えようと思っています。私どもには会社設立当時より、未知・未踏に挑戦するという風土があるのです。

Q:ソフト技術の重要性については?
A:当社はソフトよりハード、デバイスですね。もちろん画像処理やシミュレーションでソフトも大切と思っています。

Q:レアメタルなど、資源面で制約はありませんでしょうか?
A:それはあまりないですね。

Q:いくつかの研究所をお持ちですが、それぞれの役割分担といいますと?
A:中央研究所は基礎と応用、つくばは、バイオが研究対象の中心です。私どもにとって、研究開発は極めて重要です。

Q:つくばに研究所を設立されたのはなぜなのでしょうか、また筑波研究所は「ライフサイエンスと光」ということのようですが、それはなぜなのでしょうか?
A:つくばには、国立研究所、大学のほか、大手の創薬、電気メーカーの研究所があります。先代の社長(現会長)は、筑波研究所を潜在的な光技術のユーザー様であるこうした多くの組織の研究者が集まって光技術の可能性について議論する梁山泊にしたいと考え設立を決めたと聞いています。弊社の研究員は、そのような議論から得られる情報を元に、10年後、20年後の新しい商売の種になるような研究を進めています。バイオ研究が盛んになってきた時期でもあり、最新のホトニクス製品を使った共同研究というか、予備実験もたくさん行いました。

Q:生命現象の可視化は非常に面白いと思います。たとえば免疫系の機能を可視化することはできないでしょうか?
A:免疫系ではないのですが、弊社では、1988年から「光科学技術で拓く脳・精神科学平和探求研究会」という国際会議を主催しています。脳の働きを計測して、人の考えていることが分かれば、戦争も起こらず平和になるはずだ、という会長の意志のもと始まった会議です。
 PETは脳の代謝を可視化することができるだけでなく、がんの早期発見も可能にする装置です。この装置には、多数のホトマルが使われています。中央研究所の敷地内には、PETセンターがあって、自社で開発したPET装置があります。従業員を対象にした健康維持のための研究・検診から、地域医療にも貢献しています。装置の開発ばかりでなく、脳の機能を可視化するための最適なプローブの開発も行っています。蓄積されたデータを解析することにより、被験者の将来の脳機能の低下の可能性も指摘できるようになりました。また、近赤外で血流の変化を見るというように脳機能が追跡できるのですが、ブレインマシンインターフェスのキーになることが期待されている技術で、具体的な開発も進められています。

Q:つくばのほかの研究機関との交流はいかがでしょうか?
A:ロケット内での実験に利用する特殊なカメラであるとか、高エネルギー関連、農水さん始め、デバイスレベルでのユーザーになって頂いているお客様はたくさんあると聞いています。少し前には、数人の研究員が国研との共同プロジェクトで出向していたこともあります。筑波大学の医学系の博士課程の方が、当方に常駐して実験をしていたこともあります。

Q:国際化への対応はどのように?
A:今、売り上げの65%が海外で、欧米向けが中心になっています。中国はまだ少ないですね。いずれにしろ、光で世界の懸け橋になりたいと思っています。製造は、ほとんど浜松です。人が基本でして、簡単に外でというわけにはいきません。

Q:何かアカデミーへの要望はございますでしょうか?
A:いろいろまとめ役をお願いしたいですね。

Q:ぜひ来年のショーケースでご発表いただきたく思います。
A:過去に、本社のバイオグループが、発表させて頂いているようです。来年、発表の方向で、本社とも相談しています。

Q:長時間お付き合いいただいてありがとうございます。いろいろ勉強になりました。今後ともよろしくお願いいたします。
A:こちらこそよろしくお願いします。


(感想)
 光技術の実際についての質疑も含め、2時間近く興味深く有意義なインタビューをさせていただきました。私は前々から最近の光検出技術やその応用技術などについて、少し詳しく勉強させていただきたいと思っていましたので、今回はまたとない良い機会となりました。
 光に特化した事業展開・研究開発、光はまだよくわかっていないという研究者的な姿勢、いずれも素晴らしいと思います。具体的な成果の問われる今日、浜松ホトニクスの事業展開はつくばの研究者にとっても参考になるのではないでしょうか?
 ライフサイエンスの観点から、最近特に近赤外の発生、検出、応用に力点をおいておられるようですが、他分野への展開も含め、今後の発展に期待したいと思います。
 光を使った分析・計測技術、加工技術、治療技術・・・光の活躍する場は、今後ますます広がるように思います。同社にもお入りいただけるような、新しい視点での交流の場の設定を考えなければ、と強く印象付けられる訪問になりました。
(溝口記)

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