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第46回:田中貴金属工業株式会社 筑波事業所・テクニカルセンター
(写真1) 筑波事業所 A棟
 田中貴金属グループは、TANAKAホールディングスを中心に国内6社、海外24社の30企業で構成されています。国内6社のうち、中核となっているのが田中貴金属工業株式会社で、本社のほかに7工場、3テクニカルセンター、1触媒開発センターが主として関東にあります。今回訪問いたしましたのはテクニカルセンターのうちの一つで、筑波事業所・テクニカルセンターです。田中貴金属グループの企業理念は、「貴金属のリーディングカンパニーとして、創造性あふれる技術力をもって、お客様の信頼と期待に、スピーディーに応え、貴金属がもたらすゆとりある豊かな社会の実現と、美しい地球の未来に貢献します。」とホームページにありました。
 暮れも押し迫った2016年12月16日(金)午前10時に北部工業団地にあります田中貴金属工業(株)筑波事業所・テクニカルセンターを訪問しました。筑波事業所・テクニカルセンターは旧三菱ガス化学(株)の敷地を買い取ったものです。初めて訪問しまして想像以上に大きい事業所に驚きました。田中貴金属工業(株)には今年度賛助会員になっていただきました。
 対応いただきましたのは筑波事業所長の蒲 保典様です。SATから伺いましたのは渋尾 篤事務局長と伊ヶ崎です。挨拶の後、早速インタビューが始まりました。

創業など
Q:御社のHPを見ますと、創業は1885年、設立1918年、社員数およそ2,200名、売上高1兆円で、事業内容は「貴金属地金(白金、金、銀、ほか)および各種産業用貴金属製品の製造・販売・輸出入および貴金属の回収・精製」となっています。創業時はどのような事業内容だったのでしょうか?田中貴金属工業株式会社を設立されたのが1918年ということですか?
A:1885年に創業者・田中梅吉が「江島屋田中商店」を現在の日本橋茅場町に開業しました。
両替商としてスタートを切り、そこから貴金属地金商へと進出。更に、白金細線の加工に成功するなど、日本の工業化とともに成長・発展し、工業用途としての貴金属材料や素材などもご提供するようになりました。
 田中商店が株式会社へと組織変更したのが1918年、社名が「田中貴金属工業株式会社」となったのは1943年のことです。

Q:まず御社の全体像を把握したいと思います。大きく分けまして、(1)貴金属地金の製造・販売・輸出入があり、(2)各種産業用貴金属の製造・販売・輸出入、そして(3)貴金属の回収・精製の3事業領域がありますね。
A:はい、その通りです。ただし、「貴金属地金の製造」については、弊社は鉱山会社ではありませんので、鉱石から製錬する様な「地金の製造」については行っておりません。

貴金属地金の製造
Q:まず、(1)地金の製造・販売・輸出入からお伺いします。販売・輸出入はわかります。地金の製造について、具体的にどういう工程から製造されるのでしょうか。
A:貴金属地金は、外部から流通品の購入及び回収・精製から(都市鉱山から)回ってきた地金を元に工業用の原材料あるいは販売・流通できる形態に貴金属を作り直す(例えばインゴットや粉末として)という業務を行っております。そういう意味での「地金製造」を当社では行っております。

Q:インゴットの純度が流通の過程で低下し、回収・精製する必要はないのですよね?
A:品質低下は無いのですが、刻印を打ってお出しするために、溶解・地金化、分析・刻印して流通に出します。そういう意味での「地金の製造」もあります。
(写真2) 金インゴッド(ラージバー)

Q:地金はいろいろな純度のものを製造しているということですよね。
A:市場に流れている「地金」としては、国際的に流通できる品位が材料ごとに決まっています。それ以外には、装飾用としての個別規格もあります。工業用途としては、お客様のご要望や仕様に合わせて純度を用意します。

Q:純度はどのような測定法で値付けされるのですか。
A:地金に含まれる不純物を材質や目的に応じた各種分析方法にて分析し、不純物の含有量から純度を計算します。

Q:測定法は金属ごとに規格化されているのですね。
A:純金属は金属ごとに決まっています。合金の場合には組成によって工夫しています。

Q:輸出入も含めた国際的な事業でしょうから、必要な国際的な資格などあると思いますが。
A:流通上の“信頼性”という観点で、金・銀についてはLBMA(ロンドン地金市場協会)、プラチナ・パラジウムについてはLPPM(ロンドン・プラチナ・パラジウム・マーケット)という機関から公認溶解業者として認定されることで、世界的に通用する「グッド・デリバリー・バー」と称される地金を作ることが出来る様になります。
また当社は、LBMAは2003年に、LPPMは2009年に「公認審査会社」にも任命され、公認溶解業者の審査の一翼を担っています。

Q:公認溶解業者認定はいつでしょうか。
A:金は1978年、プラチナは1980年です。国内で認定されているのは日本で12社程度、世界では50から60社くらいです。

Q:公認審査会社とはすごいですね。日本には御社だけですか。
A:はい、日本では1社、世界でも5社くらいです。

Q:取り扱っている貴金属地金の種類は金、銀、白金以外には?
A:当社が「貴金属」と称する材料は、金・銀・白金族金属(白金・パラジウム・ロジウム・イリジウム・ルテニウム・オスミウム)であり、そのうち地金としての取り扱いはオスミウムを除いた7種類の材料について行っております。
“資産用”として販売している品種は金・銀・プラチナのみとなります。

Q:オスミウム(Os)は量的に少ない、あるいは低価値ということですか?
A:オスミウムは大変硬く、万年筆のペン先に使用されています。ニーズも少なく、性質として酸化しやすい、有毒であり、取扱いが難しいということです。ただ、お客様からの要望があれば取り扱います。

産業用貴金属製品
(写真3) 各種ボンディングワイヤ

Q:次に、(2)各種産業用貴金属製品についてお伺いします。主なもので結構ですので、どのような産業用貴金属を取り扱っているのですか。量的にはどの程度(例えば日本の中でのシェアーは)でしょうか。
A:大きくカテゴリーで分けても主に電子機器用の成膜用部材、接点等の継電部材、ろう材など接合部材、測定用白金部材、ガラス製造用白金装置、触媒、有機化合物、医療用部材、等があります。各カテゴリーで非常に多くの製品を扱っていますので、シェアもそれぞれです。
ボンディングワイヤーや燃料電池用触媒、クラッド材・カドミフリーリベット接点などは世界でもシェアNo.1を取っている商品です。

Q:クラッド材とは異種金属同士を圧延接合したものと思いますが、貴金属同士の圧延接合というものもあるのですか。
A:貴金属同士のクラッド材も可能ですが、主として貴金属と非貴金属とのクラッド材です。
(写真4) 燃料電池用触媒(電顕写真)

Q:10年、20年の期間で見て、需要が伸びてきた産業用貴金属、需要が減少している産業用貴金属はどのようなものでしょうか。
A:先に申しました通り、非常に多くの製品を扱っており細かい製品ごとに増えたもの、減ったものがありますので一概には言い難いです。
燃料電池触媒などは伸びてきている一つですし、その他にも貴金属を使用したスパークプラグ用電極や医療機器用途、自動車用排ガス浄化用触媒や太陽電池分野で使用される電極なども伸びています。
また私ども筑波工場が製造しているハードディスク製造用ターゲット市場もこの10年で成長してきましたが、ここのところパソコンの売れ行きが停滞してきているので減速傾向ではありますね。

Q:今、一番力をいれているのはFC触媒用貴金属という理解で宜しいのでしょうか。
A:特別に1つの製品に力を入れているというものはありません。
貴金属を使用する産業用製品は非常に多く、また多岐にわたっているため、各分野に対して各部署(カンパニー)がそれぞれ対象を決めて注力しています。FC触媒も1つのカンパニーが注力している製品の1つという位置づけです。
(注:田中貴金属工業鰍ヘH27の10月から6つの事業分野からなる社内カンパニー制を採用し、迅速な決定が出来る体制に移行しています。貴金属カンパニー、PGM(白金族系素材)カンパニー、AuAgカンパニー、半導体カンパニー、化学回収カンパニー、新事業カンパニー。カンパニーの下に工場やテクニカルセンターが置かれています。)

Q:学術分野では貴重な貴金属を使わない材料の研究開発が行われていますが、企業としてどう見ていらっしゃいますか。
A:過去の産業の歴史でも貴金属という優れた特性を持つ材料を最初に使い、その次に「少貴金属」・「脱貴金属」へと移っていっております。当社も少貴金属によるコストメリットは顧客ニーズに合致するところで開発を進めてきました。
ただ当社の方針として「ドメインは貴金属」としておりますので会社として「脱貴金属」へと舵を切る予定はありません。
ある製品の研究が進み貴金属を使わなくなることは技術革新として受入れ、それでも貴金属の特性が必要である新たな事業分野を開拓する事で当社の事業を継続させていく必要があると考えております。

Q:「貴金属の特性が必要である新たな事業分野を開拓する」ことは重要ですよね。
A:技術進歩によって新たに貴金属を利用する必要があれば、積極的に対応していく姿勢です。医療用として「脳動脈瘤用塞栓治療」では白金を含むコイルなどのニーズがあり、開発に取り組んでいます。貴金属関係で新しいニーズが出てくれば、国内では我々に相談・問い合わせるが来るという状況にはあります。

貴金属の回収・精製
Q:次に、(3)貴金属の回収・精製についてお聞きします。これは、いわゆる都市鉱山からの回収・リサイクルということですよね。主として、回収している貴金属はどういったものでしょうか?
A:先にお知らせした貴金属8元素のうち、オスミウムを除いた7種類について回収を行っています。

Q:回収・精製のプロセスについて、お聞かせ頂くことは可能でしょうか。例えば御社の回収プロセスの概要など。
A:回収は元の形態により、回収する元素により様々です。回収に回ってくる使用済み工業製品は貴金属の含有量が多いもの・少ないもの、合金になっているものなどいろいろありますので、それに合わせた回収方法が採られます。

Q:貴金属ごとに別のカンパニーで回収・精製しているのですね。
A:回収・精製は化学回収カンパニーで行い、金銀かPGMかによってカンパニーの下におかれた別の工場で対応しています。

Q:貴金属の回収・精製技術はあまり変化ないものでしょうか? それとも10年毎くらいには技術革新があり、プロセスの変更などあるのでしょうか?
A:どちらかというと効率向上を意図した改良技術が多いと思います。

Q:貴金属を含めた回収・リサイクル事業一般は一時期ブームになった時期がありましたね。しかし、事業としてはなかなか難しいと思いますが、貴金属の回収・リサイクルに関しては如何でしょうか。
A:貴金属は産出量の少ない材料です。リサイクルを行わないと市場で必要な貴金属が足りなくなってしまいますので、1つには貴金属を扱う会社として回収は使命でありますし、ビジネスとして成り立つための技術革新も進められています。コストが合わない貴金属もありますが、金、銀、白金はそこそこ含まれていれば、回収は事業として可能です。
(写真5) インタビュー中の蒲筑波工場長

Q:技術革新はいつも必要と思いますが、どの貴金属の技術革新でプライオリティーが高いのでしょうか(回収に課題を抱えている貴金属は?)。
A:金、銀は比較的問題はないですね。PGM(白金族系素材)ではルテニウム、イリジウムなどは回収も大変です。その技術開発もしています。

Q:大学などとの共同研究などは?
A:共同研究などはあるとおもいますが、化学回収カンパニーが主です。回収ということでは筑波事業所ではありません。

Q:リオ五輪の時に、「2020年の東京五輪の金メダルを都市鉱山からの回収物によって製作しよう」というプロジェクトが新聞紙上で話題になりました。この運動に対する御社のお考えは如何でしょうか。
A:希少な材料を都市鉱山から回収して再利用するという考えは当社の考えとも合致します。
オリンピックという世界が注目する舞台でリサイクルが重視され広まるというのは大変良いことだと思います。

Q:3つの事業領域での業務を遂行するに当たって全国に、7工場、3テクニカルセンター、1触媒開発センターをお持ちですが、どのような構想から配置されているのですか。1カ所集中という考えはなかったのですか。
A:当社の最初の工場は創始者が事業を始めた茅場町にあった「本店工場」です。
そこが事業の拡大で手狭になって神奈川を主として各地に工場が広がっていったのですが、同じ貴金属でも扱う品種や用途により製法も全く違うため、1つにするメリットはあまり感じられなかったのだと思います。各工場歴史が違いますが、これは新たな事業の発生や、事業の拡張などに対応していった結果です。
また同じ場所に集約していると災害時のリスクも大きくなりますので、お客様への安定供給の実現という意味でも、今でも1つの場所に統合するという思想はありません。

Q:御社の方針として、今後どの事業を拡大していく計画なのでしょうか。
A:貴金属はその優れた特性故、いろいろな分野で使われていきます。
当社としては少数の事業に傾注することなくお客様の必要とする貴金属製品を造り続けていきます。このためカンパニー制として分野を分けてそれぞれが戦略に則って事業運営を行っています。

筑波事業所
Q:これまでのインタビューで、おおよその御社の事業を理解することが出来ましたので筑波工場に関する話題に移りたいと思います。筑波事業所・テクニカルセンターとなっており、事業内容は「化学系技術開発および白金系ターゲットなどの製造」です。設立年、筑波となった理由などをお聞かせ下さい。
A:この事業所の設立は2006年になります。新たな技術拠点として、また立ち上がり始めていたハードディスク製造用ターゲットの生産拠点としての好適地を探していたところ筑波に良い物件が見つかり、当社内でも「最先端」の事業を進めていく上で「筑波」は事業所イメージとしてもコミュニティーのネットワークを作る上でも非常に良い場所ということでこの地に決めたとのことです。筑波事業所には現在200名強が勤務しています。大多数がターゲット製造に従事しています。

Q:まず「化学系技術開発」について概略をお願いします。
A:これは田中貴金属工業としての新たな製品を開発していく部署で、特に化学材料として扱われる貴金属製品の開発を行っている部署となります。
例えば半導体用のCVDで使用されるプリカーサや貴金属コロイドなど、有機貴金属材料の開発を行っています。

Q:プリカーサもですか?ガス状物質や液状物質も含めてですね?
A:固体、液体で供給しています。ガスにするのはお客様です。
(写真6) スパッタリングターゲット
真空蒸着で薄膜の層を構成するための材料

Q:白金系ターゲット、これはスパッタリングのためのターゲットということですよね。ターゲットの製造工程をお教え下さい。
A:工程としては、アトマイズ金属粉の製造→ふるい分け→混合→焼結→外形加工ということになります。

Q:ターゲット製造で一番重要な工程はどこでしょうか。
A:どの工程も良質なターゲットを作る上では欠かせませんが、特に粉末を上手く混ぜて特徴のある材料とするための混合工程は非常に重要であり、技術的な優位性を作り出すためには欠かせないと思います。

Q:溶解では特質が違いすぎて混合できない金属同士を機械的に混合する工程ですね。粒子径は数十ミクロンから百ミクロンくらいですか?
A:多元合金では相性により凝固分離してしまうことも多く、粉の状態で機械的に混合することです。いろいろな混合装置を使用しています。セラミックスの粉を混合することもあります。残念ながらお見せできない工程です。粒子径はその通りです。

Q:先程、御社の今後拡大していく事業分野についてお聞きしました。その中で筑波事業所の位置付けはグループの中で大きくなっていくのでしょうね。
A:勿論、そのつもりで活動を行っています。
この先の市場変化や競合の動向などにより確約されているものではありませんが、事業を大きくしていくために戦略を立てて活動していく予定でおります。幸い、この10年間で規模は拡大しています。

Q:蒲所長も技術系出身ですか。
A:そうです。テーマはいくつかありましたが、触媒分野の仕事に従事し、その後他の工場に転勤し、別のスパッタリング用ターゲット開発の従事。その後、ここの配属になりました。

SAT賛助会員として
Q:つくばサイエンス・アカデミー(SAT)に関することに移りましょう。今年度、SAT賛助会員になっていただきました。感謝申し上げます。加入のきっかけをお聞かせください。
A:私がSATを知ったきっかけは、私の上司にあたるPGMカンパニー(田中貴金属工業鰍フカンパニーの一つ)のカンパニープレジデントがSATの個人会員となっており、その上司からの紹介でした。SAT行事では中村修二先生の講演会に参加しました。
つくばという科学技術については特別な場所であるこの地に所在する、いろいろな分野の企業の方々の集まりであり最新の技術動向などを学ぶ機会があると思い参加させていただきました。

Q:SATへの要望等あれば是非お願いします。
A:モノを造る工場として事業を進めていくと幅広い知識を得る機会が減ってきてしまいますので、今後とも事業間の交流を通じた刺激を戴ければ幸いです。いろいろな分野の方と交流をして発想の転換が出来ることは重要と思っています。

Q:SATはテクノロジーショーケースなどの大きい規模の行事から賛助会員交流会などの小規模な会など各種事業を展開しています。異分野交流がSAT活動の基盤です。御社も専門分野にこだわらず各種事業に参加していただければと思います。今年度は既に賛助会員交流会に参加いただきました。ご感想は如何でしょうか。
A:賛助会員交流会で講演頂きました農研機構の方のカイコ、シルクの話など直接我々の仕事に関連はないとは思いますが、貴金属で何かできないかと考えること自体が意味あると思います。技術者が異分野の話を聞く機会が重要でそのような会に参加し、交流が出来て良かったです。

Q:来年度は賛助会員交流会で事業紹介を是非お願いしたいと思います。
A:わかりました。宜しくお願い致します。

SAT:長時間のインタビューありがとうございました。今後とも宜しくお願い致します。


 その後、ハードディスク用ターゲット製造工場を蒲所長の案内で見学させていただきました。見学の途中だったと思いますが、売上高に占める資産運用の地金、ジュエリー類の割合は高々15%程度であり、残りは産業用貴金属製品の製造・販売・輸出入および貴金属の回収・精製との話でした。
 貴金属の言葉から資産運用金地金の企業とのイメージがありましたが、インタビューした後は、各種産業用貴金属製造、貴金属回収・精製を主とする企業へと印象ががらりと変わりました。 


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