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第11回:日本電気(株)ナノエレクトロニクス研究所
NECナノエレクトロニクス研究所 田原所長

 今から20年いや30年も前になるでしょうか、日本電気株式会社(以下NEC)がC&C(コンピューター&コミュニケーション)という考えを提唱され、大きな反響を呼びました。ちょうど筑波科学万博が開催された頃で、私(溝口)も強い印象を受けた覚えがあります。その一方の柱であるコンピューターについては、NEC98シリーズとして、どの研究室どの実験室にも置かれていたことは記憶に新しいでしょう。
 C&Cという言い方は、前ほどはしなくなりましたが、現代はまさにそのC&Cの時代、C&CはITと言い換えてもよいのではないでしょうか?IT産業の重鎮として、NECの技術開発動向はこれからも社会に大きな影響を与えるに違いありません。現在の技術開発課題、今後の動向を少しでも把握したい、そんな思いで、NECナノエレクトロニクス研究所を訪問しました(11月14日、溝口、大枝)。お相手下さったのは、田原修一所長です。

Q:御社がC&Cを提唱されて、その影響は非常に大きかったと思うのですが、今でもこのキャッチフーズはお使いなのでしょうか。
A:C&Cは、30年前に当時の小林会長が打ち出しました。今でも企業理念の中には入っています。この理念は今実現しつつあるといってよいと思います。マスコミにいつも出るわけではありませんが、情報のハンドリングは、当社が社会に貢献する基軸の一つです。

Q:その当時に比べて、いろいろな意味で非常に大きな変化があったと思うのですが、御社の目から見て、大きな変化というと、どういうことになるでしょうか?
A:パソコンや携帯電話が当たり前に使われるようになった、ということでしょうね。パソコンや携帯電話がインターネットの世界の窓口になり、情報機器が単体で使われるより、Webの世界とのインターフェイスになってきています。

Q:C&CあるいはITということになると、ハード面よりソフト面の比重が大きくなったということでしょうか?
A:30年前に比べればソフトの比重は増えていると思います。しかし材料の重要性は変わっていません。このナノエレクトロニクス研究所(以下ナノエレ研)では、材料・デバイスの最先端研究を進めていますが、材料・デバイスへの期待は大きいと思いますよ。

Q:御社のホームページにざっと目を通してきました。IT/ネットワーク、モバイル機器、半導体の3分野、ということのようですが、これらに共通するキーテクノロジーというとどういうことになるでしょうか?
A:一言では難しいですね。それぞれの分野で研究開発が進められ、それぞれにキーテクノロジーが存在します。IT/NW、モバイル機器、半導体の領域で事業が展開され、それに対してラボは、横断的に支えるような研究を進めています。
 研究開発では、我々は3層構造を考えています。材料・デバイスのレベルでは半導体デバイス技術、光技術、先端材料技術を、システムのレベルではIT/NWインフラ、装置を、ソリューションのレベルでは、最先端ソフトウェア技術を研究開発しています。
NECグループの事業内容

Q:会社の中でニーズ、シーズということはあるのでしょうか?
A:事業部からのニーズに応えるという形で進められる研究と、研究所で必要と思われることを独自にやる、という研究があります。前者がニーズに応える研究、後者がシーズを生み出す研究と言えるでしょう。

Q:それはどのくらいの割合なんでしょうか?
A:だいたい半々くらいですね。

Q:研究開発テーマが、必ずしも日の目を見るということにはならないのではないでしょうか?医薬品企業では、十年も掛け、何十億円もかけても医薬品として認可されるとは限らない、ということで、大変だなと思いました。
A:あたりはずれがあるのは、医薬品産業だけではなくて、どこでも同じです。特に先端分野に行けば行くほどそうだと思います。そういう意味で、今後シーズアウトとして独法研や大学の役割は大きくなると思います。オープンイノベーションがますます重要になると思います。

Q:企業内あるいは研究所内の、ハード−ソフトのやり取りというのは実際問題としてスムーズなのでしょうか?
A:これは努力しないといけないですね。たとえば材料から見て上位レイヤーのソフトがわからない、というのはよくあるのです。

Q:大きな流れでC&Cは実現してきていると思います。そのような流れを会社の中の皆さんはどのように見ておられるのでしょうか?
A:90年代は企業でも基礎研究に力をいれていました。飯島先生のカーボンナノチューブの発見など、この筑波研で行われた基礎研究でも世界で注目されたものが多くあったと思います。
カーボンナノチューブ(CNT)
http://www.nec.co.jp/rd/innovative/E1/top.html

 最近では、デバイス・材料の研究において、その技術が生み出す価値を意識して研究を行うようにしています。サイエンスからの理解も重要ですが、同時にその技術がどういう意味を持つかを考えながら進むということです。

Q:材料技術も随分レベルが高くなって、逆に言うと新しいものが出にくくなっているように思えるのですが。
A:そういう事は言えるでしょうね。実際、ひとつの分野だけからのブレークスルーではなく、いろいろな分野のクロスオーバーする領域でブレークスルーが起こるという話が増えてきています。
 CMOS(*1)を例に取ると、これまでロードマップがあり、それにしたがって微細化が進んできました。その方向での技術進化はまだ進みますが、すでに完成した技術領域、例えば線幅65ナノのCMOSをプラットフォームにして新しい技術領域を生み出すこともできます。その場合にはインターデイシプリナリーというか、クロスオーバーというか、そういう視点が必要になります。

Q:いろいろな知恵を集める、応用するということでも、研究としては面白いと思いますが。大学でも基礎研究ばかりでなく、研究資金が稼げるような研究が評価されるようになっています。
A:面白いというのは、解があるとか役に立つとか、そういうことではないでしょうか。純粋にサイエンスの面でも、わからなかったことがわかった、これはとても大きなインパクトがある。そういうことは客観的に評価すべきでしょうね。

Q:ところで、リソグラフィで微細化するのは、もう限界なのではないでしょうか?
A:限界に来ているとは言えないと思いますが、難しくなっているのは事実だと思います。技術が難しいと同時に、リソグラフィの装置は大変高額化しています。ビジネスモデルの変革も必要かもしれません。

Q:レアメタルについてはいかがでしょう?代替品の利用が考えられていると思いますが。
A:材料開発としてそういう視点は大切ですが、コストの問題を忘れてはいけないと思います。実用化までに時間がかかる新材料の探索などは大学中心でやることが望ましいと思います。

Q:ナノエレクトロニクス研究所の目的は?
A:ロードマップに従った材料・デバイスの研究のみでなく、ナノの領域には、新しい物理や現象が沢山あります。それを使いこなし、新しい機能を見出し、新しい価値を生み出すデバイスを研究開発することが使命と思います。材料分野の研究は重要で、将来の装置性能に大きなブレークスルーをもたらす可能性があります。

Q:つくばに研究所があることの意義、あるいはつくばの研究所との協力関係はいかがでしょう?
A:産総研やNIMS、筑波大などとの共同研究は沢山あります。お互い持っていないものを補うということで相乗効果があると言えます。連携大学院で学生さんを預かることもありますよ。東大柏キャンパスとも近く、材料や先端デバイスの研究では、ここは最適地の一つと思います。この環境を活用することが大切ですね。

Q:ホームページを見させていただくと、分子センサーというのが出ていました。エレクトロニクスの研究所として面白いなと思ったのですが、大きな分野を占めているのでしょうか?
A:分子を扱うことは以前からやっています。分子シミュレーションの研究でも、研究資産として多くのものを持っています。センサーは今後重要になるデバイスのひとつで、分子を捕獲するセンサーはいろいろな応用が考えられると思います。
QM/MM( Quantum Mechanics/Molecular Mechanics )法

 例えば、酵素や抗体のようなタンパク質と対象分子の相互作用をシミュレーションにより詳細に調べる事により、高機能化したタンパク質を設計することができます。そのためのシミュレーション・ツールの研究開発やセンサへの応用開発を行い、高感度・高特異性・コンパクトなセンサシステムの実現が目指されています。







Q:化学系の研究者は多いのでしょうか?
A:化学は1/4くらいでしょうか?分子センサー以外にも、バイオプラスチックスなども研究しています。環境に優しい植物由来のプラスチックの研究は、環境対策の点でも重要になる材料だと思っています。分子センサーは何にでも使えるセンサーというより、ターゲット物質を特定して応用領域を明確にして研究を進めています。プラスチックをバッテリーとして用いる研究も進めています。
高機能バイオプラスチックの開発

Q:最近の資源・エネルギー価格高騰は影響があるのでしょうか?
A:研究の方向としては、CO2削減や温暖化対策などでは低電力などエコという視点が重要になります。研究インフラの運用の面では、環境面からCO2削減の努力をしています。ご質問のエネルギー価格の影響は、クリーンルームの運用費などに現れています。

Q:大きな研究の流れとして、どのようにとらえておられるでしょうか?
A:今後重要になる課題はエネルギーに関するものでしょうね。ある製品を売る場合に、これまでは性能が重視されましたが、現在お客様は消費電力を気にされています。皆さんの意識が変わっています。また、将来は、エネルギーは、どこでも手に入る時代から自分で作るという時代に変わってくるのではないでしょうか?そういう時代に必要な技術を手がけていきたいと思います。

日本電気(株)ナノエレクトロニクス研究所(つくば市御幸が丘)
Q:国際化については?
A:国際化は進めています。競争相手は国内だけでなく、海外を考えなければなりません。研究現場にも、少しずつ外国人の人材が増えてきています。

Q:アカデミーに何かご注文はありますでしょうか?
A:TXテクノロジー・ショウケースのようなイベントは、インターデイシプリナリーな議論を誘発する場として意味があると思います。多くの人が集まる仕掛けが欲しいですね。つくばのドアの一つとして期待しています。

Q:賛助会員の皆さんの交流会ができればよいと思っているのですが?
A:つくばではエレクトロニクスの企業は少ないのですが化学領域の企業は多く、化学的な面での議論はできそうに思います。出会いの機会としてとらえたいですね。


(感想)
 私はITやエレクトロニクスの知識が十分でなく、Q&Aが不十分になりそうで心配したのですが、田原所長にはいろいろ広い目で見ながらお答えをいただきました。非常にクリアなご説明で、個々の研究課題のみでなく研究の方法論まで議論させてもらいました。含蓄の深いご意見が多く、充実したインタビューであったように思います。
 今は1枚のウェハーから、数千個のLSIが生産され、またたくまに携帯電話用LSIの必要量が満たされてしまうというお話は、まったく目からうろこでして、半導体チップの製造技術も今は大きな曲がり角に来ていることを実感しました。分子やプラスチックなど化学系の研究活動も盛ん、ということですので、つくばの化学系研究者の皆さんも、この研究所とおおいに連携していただきたいな、と思ったような次第です。(溝口記)

(参考)
日本電気株式会社 ホームページ
http://www.nec.co.jp/

【出典:NECホームページ用語集より】
(*1)CMOS :
Complementary Metal Oxide Semiconductor。半導体(通常はシリコン)の表面に酸化皮膜をつけたものをMOS(Metal Oxide Semiconductor)と呼ぶ。 このMOS集積回路は3種類に分けられるが,そのうちの1つがCMOSであり,他の回路構成に比べて数分の一から数百分の一の低消費電力であるという特長 をもつ。現在は,超高速分野やアナログICを除き,ほとんどのデジタルICはCMOSである。


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