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第19回:日本新薬株式会社 東部創薬研究所
日本新薬株式会社 東部創薬研究所 建物外観

 若い方はもうご存じないかもしれません。小学生の頃、サントニンという虫下し薬がありました。私(溝口)もお世話になったことがあります。戦後日本は非常に大きな発展を遂げたのですが、その中での成果の一つが寄生虫駆除であったように思います。日本新薬株式会社は、泌尿器系、炎症・アレルギー系、血液がんを中心とした治療薬で頑張っておられ、東部創薬研究所は賛助会員としてSATをご支援くださっていますが、同社の出発点はこのサントニンとのことで、事業内容が非常に大きく変わってきており、ちょっと驚きました。
 平成21年7月23日、日本新薬(株)東部創薬研究所を訪問しました(溝口、野上)。ご対応は、同所大木忠明所長、奥田俊英研究管理課長のお二人です。
 当方からの簡単なSAT紹介の後、大木所長から同所の核酸医薬開発の状況をご説明いただき、そのまま質疑が始まりました。

Q:核酸医薬についてのご説明、面白く聞かせていただきました。私の専門分野でなく、十分理解できない部分もありましたので、確認も含めいくつか質問させていただきたいと思います。核酸にはDNAとRNAがありますが、医薬としてはRNAなんですね。
A:そうです。

Q:核酸医薬(RNA)に積極的に取り組んでおられるのには、なにかきっかけがあったのでしょうか?
A:この研究所の任務は基礎研究なのですが、抗体医薬の次のステップとして、特に核酸医薬に集中しています。従来型の低分子医薬は、京都の西部創薬研究所を中心に行っています。
 もととなるRNAを扱う研究は、20数年前から行っています。そこで得られた核酸医薬品はヒトにはじめて投与されました。残念ながら諸事情により後の開発は中止されましたが、RNAの取扱いや安全性の高いRNAデリバリー技術は獲得することが出来ました。1998年、RNA干渉という極めて重要な生命現象が発見されました。これはDNAを転写したmRNAの働きが別の小さなRNAによって抑制される、というものですが、それ以来、RNA 干渉を使った新しい医薬の開発が盛んになっています。日本新薬は、前述のようにRNA分野の開発研究に慣れていることもあり、いち早くこのRNA干渉の分野に参入することが出来ました。

Q:先ほどのご説明で、RNAの21という長さが大切であるように言っておられましたが。
A:その通りなんです。DNAがmRNAに転写され、その情報に基づいてタンパク質が合成されるというのが、セントラルドグマといって、ライフサイエンスの重要な柱になっているのですが、長さ21という小さな別のRNAがmRNAに特異的に結合してこれを切断してしまうことが分かったのです。これがRNA干渉ですが、そうすると同じ考えで、病気の元になるようなmRNAに、人工的に合成した、長さ21のRNAを外から働かせて、そのmRNAの働きを阻害する、ということも可能になると考えられます。これが核酸医薬の考え方です。

Q:核酸医薬開発に当たってのポイントを、もう一度ご説明下さい。
A:ポイントは、DNAにくらべRNAは化学構造的に不安定、というところです。DNAもRNAも、塩基部分と糖部分を持ち(併せてヌクレオシド)、そのヌクレオシド単位がいくつかリン酸基でつながってDNA、RNAとなるわけですが、この糖部分が少し異なっている。RNAでは水酸基(‐OH )が入っているのです。この‐OHはアルカリ条件下に晒されると、近くのリン酸基を切ってしまいます。また、生体には‐OH を利用してリン酸基を切断する多くのRNA分解酵素があります。DNAには‐OHは無く、−Hであるため、リン酸基が切れません。ですからRNAは、長く作るのが大変なのです。

Q:それで先ほど、長さを強調しておられたのですね。
A:そうです。この研究所でこれを乗り越える方法が開発され、長さ110というRNAが作られました。付け加えると、長いRNAができたとして、これだけでは医薬として生体に投与したとき、途中で酵素によって分解してしまいます。ですからRNA医薬品を考えた場合、RNA合成とデリバリー(目的の臓器にきちんと分解せずにRNAを運ぶもの)の両面を、車の両輪のように考えていくことが重要です。

Q:その方法は、お聞きしてよければですが、具体的には?
A:CEMアミダイトという合成用の試薬が使われました。これを用いると従来不可能であった、長さ110の一本鎖の化学合成が可能になりました。当然、現在、開発が盛んな長さ 21程度の領域でも、CEMアミダイトを用いるRNA合成は、純度、収率等の点で大きな利点も持っています。

Q:アミダイトというと、何かある構造を持った化合物と思うのですが、簡単に言うとどういう構造なのでしょうか?
A:蛋白質はアミノ酸が繋がったもの。セルロースはグルコースが繋がったもの。  核酸はヌクレオチドが繋がったものです。核酸を大きな建造物に例えるとアミダイトは接着物質のセメントがついた一つのレンガのようなものです。

Q:CEMアミダイトの働きは?
A:RNA合成用試薬には、TBDMSアミダイトなどいろいろなものがありますが、その違いは、結局、糖部分の‐OH基の保護基の種類によるものが殆どです。反応の途中では‐OHが反応して違う構造になることを避けるため保護する必要があり、最後にはまた容易に‐OHにもどる、ということが絶対条件です。長さ110単位のRNAを作るためには、同じ反応サイクルを109回繰り返さなければならない。効率0.9であっても、全体の効率は0.9の109乗ということですから、ほぼゼロになってしまいます。我々は効率1.0を狙い、立体障害や‐OH保護基としての導入のしやすさなどを考慮して、CEM(2‐シアノエトキシメチル)アミダイトの発明に行き着きました。

Q:素晴らしい仕事をされたと思います。研究開発の例を詳しくご説明いただいたので、これから少し視点を変えて、御社の技術開発方針というか考え方をお聞きしたいと思います。子供の頃、私もサントニンのお世話になったことがありますが、虫下しはだんだん使われなくなったように思いますが。
A:そうですね。サントニンは必要なくなって、その後、ガスロンNという胃炎・胃潰瘍薬などを自社創製しています。また、海外からの導入品もあります。

Q:生薬が出発点のようですが、医薬原料で天然物は多いのでしょうか?
A:いくつかはありますね。

Q:医薬品として、泌尿器系、血液がん、炎症・アレルギーに力を入れておられるようですが、たとえば泌尿器系医薬で構造と作用機序の関係は充分わかっているのでしょうか?
A:もちろん押さえるようにはしています。医薬品の作用というのは一つだけではないのです。それがだんだんわかってきている、ということかと思います。

Q:血液がんのAPL(急性前骨髄球性白血病)は、発症が年1000人ということで、ちょっと聞きにくいのですが、規模が小さく利益が出にくいのではないでしょうか?
A:勿論ある程度の利益は必要ですが、例え患者数が少なく稀少疾病(orphan drug)であっても、患者さんにとって福音となる、アンメットメディカルニーズ(unmet medical needs:未だに医療ニーズが満たされていない疾患領域)に応えることこそ私たちのミッションと考えています。これらの薬剤開発をビジネスチャンスとできることが我々の強みです。

Q:SATでは、筑波大学出版会と協力して、生命科学に関する本を出版しようという話が進んでいます。原稿を読ませていただくと、RNAの機能解明などまだ発展途上のように思われます。そうすると、新しい分野での人材の確保も大切なのではないでしょうか?
A:一つの学部でOKということではないですね。ある分野の先生のところから採用して、即戦力で頑張ってもらうことか、と思います。

Q:これまでにも医薬品の研究所を訪問させていただいているのですが、医薬品というのは、合成から治験まで基盤が広いですよね。御社の得意分野というとどういうことになるでしょうか?
A:ある分野、というのは言いにくいですね。製剤技術が効くということもありますし、総合的サイエンス、と言えるのではないでしょうか?

Q:御社の事業分野は、医薬品と機能食品の2分野ということのようですが、機能食品の方は、もっと市販されてもよいように思います。
A:いくつかは出しているのですよ。もともと医食同源ということで、医薬品技術を応用して機能食品に出ているのです。

Q:東部創薬、西部創薬と二つの研究所がありますが、その役割分担は?
A:東部でネタを作って、京都で仕上げる、ということが基本的なスタンスです。先に申し上げたように、こちらは現在、核酸医薬に集中していて、化学研究グループが合成を、生物研究グループが評価を担当しています。
溝口コーディネーター(写真左)に説明を行う大木忠明所長(写真中央)及び奥田俊英研究管理課長(写真右)

Q:全然話が違って、日本新薬は社会人野球で有名ですが、何か理由が?
A:伝統ということでしょうかね。

Q:一般的な質問になりますが、現在は資源として石油が主ですが、将来的には原料転換ということが考えられます。
A:あまり影響は受けないのではないでしょうか。

Q:環境やエネルギー問題への対応は?
A:社内に環境技術部門があります。計画に従って環境負荷の削減に努めているのですが、廃棄物量の削減、特に廃プラスチックスのリサイクルは難しいですね。

Q:日本の医薬品企業は規模が小さく、世界と戦っていくのは大変、というように聞いていますが?
A:わたしたちは、日本新薬だから創れる特徴ある薬づくりに情熱を注いでいます。規模は規模なりにということです。

Q:御社の肺高血圧症の治療薬が、ヨーロッパで臨床試験が行われているとのことですが、ヨーロッパで肺高血圧症が多いからとか、何か理由があるのでしょうか?
A:昨年4月にスイスの製薬企業にライセンスアウトしましたが、その企業が試験を実施しているためです。

Q:つくばに研究所を設けられたのは、なにか理由がありますでしょうか?
A:西と東に研究開発拠点を置く、ということがあります。つくばでは情報がよりとりやすいと思われます。

Q:これまでのところで、その結果は?
A:核酸医薬では成果を上げています。基礎研究では順風満帆にいっていない面もありますが、情報は手に入りやすく、つくばでの意義はあると思っています。

Q:つくば内での協力関係は?
A:筑波大学と共同研究を行ったことがあります。今は行っていません。

Q:つくばには優秀な人材が集まっていると思います。ポスドクの採用は考えておられないでしょうか?
A:社員数(H21.3月末)は1610名で、今後も今の人数の現状維持を考えています。ポスドクの採用は専門とキャリアによると思います。

Q:今日は興味深い話を有り難うございました。これからもSATをご支援下さい。
A:こちらこそよろしくお願いします。


(感想)
 大木所長が自ら話してくださった核酸医薬の話は、非常に面白いものでした。筑波大学出版会と協力して「生命科学」の本の出版準備をしており、それにこれまで、賛助会員のうち医薬関係でエーザイとアステラスの研究所を訪問させていただいていて、そういったことが下地にあると思うのですが、お話の中身がかなりよくわかり、それだけに一層興味深くやりとりさせていただきました。
 大手とは違ってニッチな部分を、あるいはorphan drugを、というお話もよくわかります。日本新薬には、今回主要な話題となった核酸医薬でもますます頑張っていただきたいと思います。
 それにしても、これまで19の賛助会員企業、研究所を訪問させていただいて、それぞれに非常に興味深いお話を伺っています。研究開発におけるそういう面白さを、ぜひ多くの方に共有していただきたい、そのための場をうまくセットして、「知の触発拠点」SATの存在意義を認識していただきたい、そんな風に思いながら、東部創薬研究所をあとにしました。

(溝口 記)


(参考)
日本新薬株式会社 ホームページ
http://www.nippon-shinyaku.co.jp/


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