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第40回:大鵬薬品工業(株)研究本部(つくばエリア)
(写真1) 大鵬薬品工業株式会社 研究本部(つくばエリア)
 訪問の当日(平成27年6月17日(水))は梅雨の一日で午後から雨はあがりましたが、多少ドンヨリとした曇り空でした。大鵬薬品工業(株)研究本部(つくばエリア)(写真1)はつくば市の北部、テクノパーク大穂にあります。敷地及び建物は万有製薬が所有していたもので、敷地は約9万m2あり、建物も大きい印象を受けました。本館に入りますと北東方向がほぼ全面ガラス張りでその正面に筑波山の偉容をあおぐことが出来ます。また、南西側のガラスからは冬には富士山が見えるそうです。最初に社内見学をさせていただき、その後応接室でお話を伺いました。ご対応は執行役員・研究本部長の岩沢善一様、創薬企画推進部部長の杉本芳一様、同部主任の佐藤香織様、総務部副部長の前田和男様、総務部つくば業務課課長の室岡進様です。SATからの訪問は、渋尾篤事務局長と伊ヶ崎文和です。

 大鵬薬品工業(株)は1963年の設立で、大塚ホールディングス傘下の事業会社です。医療用医薬品の領域では、自社創薬を基本として、がん、免疫・アレルギー、泌尿器の3領域の創薬研究開発に取り組み、なかでもがん領域に最も注力しています。また一方で、コンシューマーへルスケア領域ではビタミン含有保健剤「チオビタ・ドリンク」がよく知られています。
 特にがん領域に意欲的に取り組み、多くの抗がん剤を開発・上市しています。自社の主力抗がん剤の一つに代謝拮抗剤「ティーエスワン」があります。そして昨年、世界に先駆けて日本で承認取得・発売した「ロンサーフ」は、自社で創薬・臨床開発した最新の薬剤で、欧米を中心にグローバル展開をふまえ、本年欧米で承認申請を行っています。同時に分子標的薬についても多くの化合物を創製し、臨床開発段階に入っています。中堅企業で活気に満ちた企業です。研究本部はつくばエリアと徳島エリアとがあります。つくばエリアは2009年に開設。上記3領域におけるアンメットメディカルニーズ(まだ治療法が確立できていない医療上のニーズ)に対する新薬候補化合物の創製を主に行い、多くの成果を上げています。今後、つくばエリアでの連携強化を期待しているとのことでした。業務に関連した異分野交流を含めた連携に意義を感じている一方、そのきっかけが不足しているとのご意見を伺い、SATの活動を賛助会員企業によく知っていただくと共に、今後ともいろいろと企画していかなければと改めて思いました。
 インタビューを終えて、「大鵬薬品さんは開発精神に溢れた企業であり、その企業から元気を分けて頂いた」と感じました。
 SATコーディネータとして、初体験となる賛助会員企業訪問でした。研究本部長はじめご対応いただいた方々に厚く御礼申し上げます。

 以下、インタビューの内容です。

(写真2) チオビタ・ドリンク
Q:大鵬薬品工業株式会社様の創立はいつでしょうか、また注力している分野はどのようなものでしょうか。
A:1963年の設立で、大塚ホールディングス傘下の事業会社です。また、初代社長小林幸雄が1969年にモスクワのがん研究所で抗がん剤の新薬5-フルオロウラシル(5-FU)の誘導体「フトラフール」注射剤に出会い、日本国内での臨床試験実施を決意した時から抗がん剤の開発が始まりました。我が国における経口抗がん剤のパイオニアです。
 現在、医療用医薬品の領域で注力しているのは3領域、すなわち、がん領域、免疫・アレルギー領域、泌尿器領域で、最も注力しているのはがん領域です。自社創薬を中心に、治療薬の研究開発に取り組んでいます。
 コンシューマーヘルスケア領域の製品として、ビタミン含有保健剤「チオビタ・ドリンク」(写真2)、健胃清涼剤「ソルマック胃腸液」、軽い尿もれ・頻尿用薬「ハルンケア」はよく知られています。

Q:3領域の研究開発の概要を教えてください。まずは、がん領域から。
A:代謝拮抗剤を中心的に開発してまいりまして、今主力なのが抗がん剤「ティーエスワン(TS-1)」です。それに続くものが「ロンサーフ」で、自社開発に成功し、主力として育てようとしています。日本国内では既に販売が始まっています。また、がん細胞の増殖、生存、血管新生、薬剤耐性、がん細胞における特異的な代謝等を狙った分子標的薬にも力を入れ、多くの化合物が臨床開発段階に進んでいます。

(注)代謝拮抗剤:がん細胞のなかに"偽のパーツ"を紛れ込ませて細胞増殖をできなくする薬剤
(注)ロンサーフ:トリフルリジン(FTD)とチピラシル塩酸塩(TPI)を配合した経口のヌクレオシド系抗悪性腫瘍剤。FTDはDNAの複製時にチミジンの代わりにDNA鎖に取り込まれ、DNAの機能障害を引き起こして抗腫瘍効果を発揮すると推測される。TPI はFTDの分解に関与するチミジンホスホリラーゼを阻害し、FTDの血中濃度を維持する。

Q:抗がん剤の一つの流れは分子標的薬の開発にあると考えて良いのですか。
A:ゲノムの時代に入りまして、がんの発生、進展、耐性化等に重要な役割を果たしている分子、すなわち蛋白質が明らかとなり、どの標的蛋白を狙えばどういったがんを治療できるかという戦略をたてることが可能となりました。がん細胞に存在する特定の標的分子のみを狙うという意味では合理的であり、多くの会社が分子標的薬の開発に取り組んでいます。

Q:分子標的薬とはがん細胞だけに特異的に作用する薬と考えて宜しいのですね。
A:正確に申し上げますと、がん細胞に特異的に発現する分子と正常細胞にも発現しているけれどもがん細胞でより重要な役割をはたしている分子という二つの場合があります。後者の場合が多く、何らかの副作用が出ると考えられます。それを如何に低減させるかが創薬の重要なポイントとなります。

Q:免疫・アレルギー領域、泌尿器領域ではいかがでしょうか。
A:免疫・アレルギー領域に関しましては、Th2サイトカインの産生を抑制することにより抗アレルギー作用を示す「アイピーディ」の開発で培った経験や技術を生かして、新しい作用機序をもつ薬剤の研究開発に取り組んでいます。また、将来の医療ニーズを捉え、今まで治療が困難であった自己免疫疾患、例えばリウマチなどの難治性疾患につきましても、多様な病態のメカニズム解析から作用ターゲットを探索し、創薬研究にチャレンジしています。
 泌尿器領域では、抗コリン作用により尿失禁・頻尿の改善を示す「バップフォー」を開発し、膀胱平滑筋細胞に対する直接作用などの生理的機能をはじめとする知見や、ノウハウを蓄積してきています。

Q:貴社の売上実績はどうでしょうか。
A:61.2%が抗がん剤関係で、消化器3.4%、泌尿器3.0%、アレルギー1.9%、ライセンス収入や薬剤バルクの輸出売り上げを含む医薬品その他16.4%、ヘルスケア12.0%などです。

Q:グローバル展開についてお聞かせください。
A:2000年代になってから、グローバルな研究開発を進めるとともに、これまでグローバル試験の臨床開発拠点であった米国法人で、米国における自社販売網の整備をおこなっています。また、中国とシンガポールに法人を置いて、アジアでの開発・販売を手がけています。販売は「ティーエスワン」が主力です。
 「ロンサーフ」は、米国、欧州等で臨床試験を実施し、米国におきましては、米国法人(TOI)から米国食品医薬品局(FDA)に申請済み、審査中という状況で、現在販売準備中です。欧州に関しましても欧州医薬品庁(EMA)に申請済み、審査中です。また、フランスのセルヴィエ社との欧州・その他地域(北米・アジア以外)における開発・販売権に関するライセンス契約を締結したばかりです。
 早期の開発品に関しましてもTOIとともに、グローバルでの試験を進めつつあります。

(注)TOI : Taiho Oncology, Inc.
(写真3) 「フトラフール注」、「フトラフールカプセル」(写真は発売当時のもの)

Q:最も注力されている抗がん剤領域に関し、抗がん剤の製品開発のおおまかな変遷を教えてください。
A:がん代謝の領域では、先に述べた「フトラフール」(写真3)を1974年に発売しました。経口抗がん剤としては初期の世代に属します。次いで、「フトラフール」の活性体であります5-FUの分解を抑え長時間濃度を持続させるDPD阻害剤を「フトラフール」に配合した「ユーエフティ」を1984年に上市、さらにその発展形として、DPD阻害剤に加えて消化管への副作用を抑えるためのOPRT阻害剤を配合した「ティーエスワン」を1999年に上市しました。当社のフラッグシップとなっており、日本、アジア、欧州の29の国・地域で現在販売されています。現在はその後継品として、「ティーエスワン」を初めとする5-FU系抗がん剤の効果を増強するTAS-114を開発中です。
 また、一方でがん代謝への新たなアプローチとして、先に述べた通りDNAミス取り込みを機序とする「ロンサーフ」が2014年3月に国内で承認され、国内では既に販売されています。「ロンサーフ」の活性体でありますトリフルリジン(FTD)という化合物ががん細胞のDNA中に取り組まれてDNAの機能障害を引き起こす代謝拮抗剤とは全く異なるメカニズムの薬剤です。

(注)DPD阻害剤:体内でDPD蛋白を阻害することで5-FUの分解を抑え長時間濃度を持続させる化合物
(注)OPRT阻害剤:消化管でOPRT蛋白を阻害し、5-FU のリン酸化を抑えることで、副作用を低減させる化合物

Q:分子標的薬に関してはいかがでしょうか。
A:分子標的薬につきましては自社研究以外にも大学やバイオテック等との共同研究やアライアンスを継続してきましたが、それを集約し、さらなる薬剤開発の活性化を図るために2009年につくば研究センターを設立しました。現在多くの化合物が臨床開発あるいはその準備段階に進んでいます(開発品記載の自社パンフレットを提示)。
(写真4) 「ロンサーフ配合錠T15・T20」

Q:つくば研究所で非常に多くの開発品を生み出していますね。
A:その通りです。会社の規模から考えると、非常に多いと思っており、他社様からも開発品の多さをご指摘いただくこともあります。

Q:貴社全体としてのトピックスはどのようなものでしょうか。
A:先述の通り、2014年に新たな作用機序を有する経口抗がん剤ロンサーフ(写真4)を世界に先駆けて日本で発売しました。欧米では、グローバル展開の項で述べましたように、現在申請中です。日本発の抗がん剤として、国内で創薬そして臨床のエビデンスを獲得した代表例です。また、がん代謝領域から分子標的薬にもパイプラインを広げ、グローバルな臨床試験が進行中です。

(写真5) 研究風景

Q:貴社の研究開発拠点はどうなっていますか。
A:研究本部には、つくばエリアと徳島エリアとがあります。つくばエリアは2009年に開設。がん、免疫・アレルギー、泌尿器の3領域におけるアンメットメディカルニーズ(まだ治療法が確立できていない医療上のニーズ)に対する新薬候補化合物の創製を主に行っています(写真5)。他方、徳島エリアは新薬候補化合物の安全性評価、臨床開発への橋渡し、上市後の薬剤のさらなる発展研究をする拠点です。

Q:研究本部(つくばエリア)の体制について、教えてください。
A:プロジェクトを主管する研究所の他に、化学、生物、インフォマティックス、分子設計、薬物動態、バイオマーカー、動物試験、天然物等の各専門分野における知識と経験を生かし、研究所を機能的にサポートする研究部門からなっています。人数は非公開です。

Q:つくばに研究本部(つくばエリア)を設置された理由は。
A:基礎研究(新薬候補化合物の創製を主とする研究)をより活発に行うため、首都圏に近く、研究機関が集まるつくばに研究所を構えました。また、優秀な人材確保にも期待しました。同業他社もあり、そういったところとのコミュニケーション、異業種とのコミュニケーションから新たなイノベーションも期待できるということもありました。

Q:外部産学官組織との連携状況についてお聞かせください。
A:自社創薬を基本とし、それ以外で戦略的に必要な部分につきましては、外部との連携を図っています。つくば地域では、つくばライフサイエンス推進協議会の会員として筑波大学ライフイノベーション学位プログラムへの参画、JAXAの高品質タンパク質結晶生成プロジェクトへの参画等が最近の事例ですが、これ以外にも多くの大学・研究機関との連携を必要に応じて行っています。もちろんつくばに限らずです。

Q:JAXAの高品質タンパク質結晶生成プロジェクトへの参画の内容について教えて下さい。
A:国際宇宙ステーションでの蛋白質結晶化のプロジェクトです。無重力下で結晶化を行うことにより蛋白質の高品質結晶を入手し、その精密な分析によって立体構造を解析し、抗がん剤開発に役立てています。

Q:先程、つくばに研究本部(つくばエリア)を設置された理由をお聞きしましたが、期待されていたことと現実とはどのようなものでしょうか。
A:率直に申し上げますと、期待ほどには連携出来ていないのではと思います。KEKのビームラインを使った分析等、つくばの研究機関等も利用させていただいていますし、情報交換も少なくはないと思います。さらに共同研究なども行っています。しかし、その他の連携は期待したほど多くは実現出来ていません。現状の連携にしましても、つくばの中での交流から外部連携が出来たのではなく、たまたま連携相手がつくばの機関だったという感じです。

Q:つくばでの連携の度合いをもっと増やすために、こういう風な仕かけがあれば良いというのはないですか?
A:SATもそういう目的でつくられているのではないかと思いますが、イノベーションがどういうところから生まれてくるかというと、同じ分野の交流からではなく、異分野の人達がふれあうことによって、新しい発想が生まれてきたり、新たな取り組みが生まれたりするのではないかと思います。しかし、実際の機会が十分にはないかなと。
対談中の執行役員・研究本部長 岩沢善一様(中央)、創薬企画推進部部長 杉本芳一様(右)、SAT伊ヶ崎(左)

Q:そういう機会がつくばの中で出来たら、つくばにあるメリットをより活かせることが出来るかもしれないと。
A:そうですね。

Q:SATはそのための組織ですから、努力いたします。
A:研究が忙しく、現実にはそういうところまで眼が行っていないところがあるのかなと思いますが。

Q:研究本部(つくばエリア)のトピックスは如何でしょうか。
A:開発品を多数創製し、それらについて積極的に外部発信を行っています。最近の例としては、欧米のがん関係国際会議への発表を2012年に開始し、毎年10〜20件近く学術発表を行っています。かなりインパクトを与えているかなと思います。また、もう一つのトピックスとして、研究の幅を広げたいということで、2014年にアステラス製薬から発酵創薬関連研究資産の譲渡を受けました。当社が有する独自の創薬基盤技術と発酵創薬技術を複合的に活用することで、革新的なオリジナル医薬品の創薬を目指しています。

Q:先程、社内見学で見せていただいた土壌からの微生物をみいだし、創薬に繋げていく基盤となる資産が発酵創薬関連研究資産ですね。それを受け継いだということですね。
A:そうです。アステラス製薬がその分野から撤退するということで資産を引き継ぎました。土壌にいる様々な微生物がいろいろな目的で多様な化合物を作るのですが、そういうものを薬に展開していくという考えです。タクロリムスはつくばの土壌の中から発見された免疫抑制剤として有名です。

Q:賛助会員になっていただきましたのは昨年度です。SAT設置の目的は、「異分野交流を深め、その触発による先駆的新研究領域の創造、科学の啓発、研究成果の技術移転・製品化などに貢献すること」です。SATへの要望、期待をお伺いしたいのですが。
A:異なる分野、知識間のイノベーションの機会を創出していただくことを期待しています。特に若い人たちが明確な意識付けができる異分野交流等が出来ればと考えています。研究者は自分の殻にこもり気味の傾向があります。イノベーションは自分の殻の中からというのは難しいので、そういう状況にあって明確な意識付けが出来る交流機会を提供していただければと思います。

Q:SATでは、賛助会員交流会を行っています。賛助会員同士がお互いを知り、さらなるSAT内での交流のきっかけとしてほしいという趣旨です。是非交流会への参加をお願いしたいのですが。
A:検討いたします。

Q:来年2月4日にSAT最大の行事でありますテクノロジーショーケースが開催されます。100件程度ポスター発表があり、若手中心の研究交流会です。御社は外部への発表も積極的ですので、発表も可能ですよね。
A:そういう場での発表も可能だと思います。主旨は悪くないと思いますので、社内の業務の都合もございますが、検討したいと思います。

 SATの今年度の事業について、紹介し、参加をお願いし、終始和やかな雰囲気の中でインタビューは終了しました。



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