VISIT MEMBER'S ROOM


第47回:荒川化学工業株式会社 筑波研究所
 賛助会員訪問記の最初の企業さんは荒川化学工業(株)でした。平成20年(2008年)6月のことで、荒川化学工業(株)からは当時の谷奥勝三筑波研究所長と竹内主任研究員に対応いただきました。SATからは溝口コーディネータと大枝事務局長(いずれも当時)がインタビューに伺っています。今回は2度目の訪問記となります。前回紹介をいただいていない各事業部の内容及びこの間の技術の発展についてインタビューを行うことになりました。賛助会員訪問について竹内筑波研究所長と話をしていましたときに、竹内氏自身の人事異動が予定されているということで、多少インタビューが遅くなってしまいました。この度、取締役で新しく筑波研究所長になられました稲波(いなば)正也氏と粘接着事業部研究開発部長竹内秀治氏お二人にお話を伺いました。
 今年の桜は遅く、つくばでは4月10日でもまだ満開といってよいほど見事な花を観ることが出来ました。訪問は2017年4月17日(月)午後となりました。

 荒川化学工業(株)の会社概要は以下の通りです。創業は明治9年(1876年)で、昨年140周年を迎えています。創業100周年を契機に荒川化学工業(株)に社名変更しました。創業時は生薬商で、当時からロジンすなわち松脂を精製して得られる天然樹脂をベースにして製紙用薬品、粘着・接着剤用樹脂、電子材料などの分野に事業拡大し、今日の発展を築いてきている企業です。

全社的概要
(図1) ARAKAWA WAY 5つのKIZUNA
Q:第1回目の賛助会員訪問(平成20年6月4日)以降の変化についてお聞きしたいと思います。荒川化学全体としての新しい話題というとどういうことになるのでしょうか。ごく簡単にお願いします。
A:広西梧州荒川化学工業有限公司を設立、Arakawa Europe GmbH ダウ・ケミカル社の水素化石油樹脂事業を取得、梧州荒川化学工業有限公司と広西荒川化学工業有限公司を広西梧州荒川化学工業有限公司に統合、荒川化学合成(上海)有限公司を設立、柏彌蘭科技股份有限公司(ポミラン・テクノロジー社)を設立、日華荒川化学股份有限公司を設立、山口精研工業株式会社が当社グループに加入、タイでの工場設備新設と支店設立というようにグローバルに事業の拡大を進めております。
 社内の急速なグローバル化によって多様化する価値観、文化を受け入れながらも「荒川らしさ」を失わずに結束力を強めることにも取り組んできました。当社が大切にしている価値観・行動指針を明確化した「ARAKAWA WAY 5つのKIZUNA」(図1)を荒川グループ全員で共有し、根幹の部分は変わることのない経営を貫いています。

Q:御社が大切にしてきた5つの軸(社会、人、自身、技術および顧客)に対してidentityをしっかり持ちつつ、グローバル展開を図っているということですね。創業以来既に140年になりますね。これほど長い間御社が発展してきた理由をどう考えていらっしゃいますか。
A:大阪の生薬商から出発したオーナー企業で、縁があって荒川化学に入ったつながりを大切に考え、大家族主義の下、皆が個性を伸ばしながら、信用、信頼を重んじ、お客様と共に考え、期待に応えるために技術とサービスを提供することでみんなの夢を実現してきたことが良かったのではないかと考えています。

Q:御社のことを新聞で読みました。「100年カンパニーの知恵。」というコーナーです。世界的な企業であるにも拘わらず、社員一人一人への企業としての対応が大変細やかで、温かいということでした。会社から社員に贈られるお歳暮とランドセルのことが書かれていましたが、、、。
A:家族としての暖かさと、家族だからの厳しさをもっての経営を続けています。

Q:グローバル展開に関連しまして、現在の海外売上高比率はどのくらいで、今後の目標はどうなのでしょうか。
A:2015年度でおよそ36%です。また、第4次中期5ヵ年経営計画では2020年度の目標は45%です。
(図2) 荒川化学の製品

Q:従業員のうち研究・技術開発に携わっている方の比率は?
A:つくばと大阪の研究所で働いている人を考えますと、4分の1くらいですね。研究・技術開発に力を入れているといえると思います。

Q:化学会社の製品は日常生活ではなかなか見つけにくいものですが、荒川化学の製品はどのようなものがあるのでしょうか。
A:工業用中間材料で、製紙用薬品をはじめ、インキ、塗料、粘着・接着剤用の樹脂や電子材料などです。その全体感を示したのが図2です。

Q:いろいろな分野の商品を提供されていますが、商品としては全部で何品目になるのでしょうか。また、ロジン誘導体(ロジン系製品)と石油化学製品の割合は如何でしょう。
A:グループとしての製品数は1,000から2,000程度はあるといえます。ロジン系製品は35から40%くらいで、残りが石油化学系製品です。

Q:ロジンを使用していろいろな誘導体を合成しています。ロジン誘導体をつくるおおまかな考え方を教えてください。
A:ロジンの特徴は水となじまない嵩高い分子構造と多彩な反応性です。主成分のアビエチン酸(図3)は共役二重結合とカルボキシル基といった反応性に富んだ官能基を持っており、各種材料と反応させることで多彩な樹脂設計(極性、透明性、分子量・軟化点)が可能となります。期待される機能としては粘着性・接着性、界面活性機能、顔料分散性・乳化性、水溶性、疎水化、透明性などを付与します。
(図3) ロジンの主成分:アビエチン酸

各事業に関連して
Q:ロジン誘導体および石油化学原料からの製品の事業展開としては、製紙薬品事業、粘接着事業、コーティング事業、機能性材料事業ですよね。各事業について多少具体的な内容をお聞きしたいと思います。まず、製紙薬品事業についてです。主としてどのような製品を製造されているのでしょうか。
A:主な製品(薬品)の一つとしては、サイズ剤です。サイズ剤は、インクの滲みを抑える効果があります。ロジンをアルカリ鹸化したものと、硫酸アルミニウムをパルプスラリーに加えることで界面活性を示すロジンの親水性基がパルプに吸着され、疎水基が撥水性を示すことから滲みを押さえます。

Q:紙製品関係としては、歴史的にみると紙の原料が針葉樹から広葉樹にも拡大したり、再生紙が出てきたりして、紙の強さを高めるための紙力増強剤もあると思いますが。
A:上の質問ではロジン系と石油化学系としているが、紙力増強剤の原料はロジン系ではなく石油化学系製品です。製紙用薬品は当社の基盤事業で売上で25%を占めています。

Q:紙製品の市場規模はペーパレスなどの動きもあり、減少傾向なのでしょうね。
A:国内はその通りです。しかし、紙も2種類有り、印刷用の紙製品(本など)と段ボール(包装材)とでは異なっていて、段ボールは増加傾向ですね。

Q:御社はこの分野ではメジャーと言うことですね。
A:ぎりぎりメジャーですかね(笑)。日本では3社くらいですね。

Q:粘接着事業については如何でしょうか。
A:粘着・接着剤用樹脂として、エステルガム、スーパーエステル、アルコンなどがあります。用途としては、接着剤、粘着テープ、本の背表紙、紙おむつ用接着剤、カップ容器用ふたシール、食品ラップ添加剤などに使用されています。
 特に超淡色ロジン「パインクリスタル」は、高圧水素化と変性技術によるオンリーワン商品であり、不純物を少なくした高付加価値タイプの超淡色ロジンです。皮膚への刺激が少なく、医療用ハップ剤、電子材料分野などに使用されています。

Q:アルコンと超淡色ロジン「パインクリスタル」との違いはなんですか。
A:原料が違います。アルコンは芳香族系石油樹脂を水素化し、脂環系樹脂としたものです。世界で初めて工業化に成功し、上市からすでに50年以上が経過しています。欧州では粘着・接着剤分野で試験する場合にはスタンダードとして使用されています。他方、パインクリスタルはロジン誘導体です。粘接着事業ではロジン系と石油系製品はおなじくらい販売しています。

Q:コーティング事業についてお願いします。
A:光硬化型樹脂「ビームセット」は、表面の傷つきや汚れを防止する樹脂です。UV、EB硬化技術、UVオリゴマー合成技術、配合技術により、スマートフォン、パソコンなどのディスプレイの傷つき防止だけではなく、傷が付いた表面の傷回復性の硬化膜の開発も行っています。

Q:どのようなメカニズムでコーティングした表面の自己修復が出来るのでしょうか。
A:架橋が切れない程度の深くないキズであれば特定の粘弾性領域の塗膜で傷は回復します。数分程度で自己回復します。小学校などでの出前授業の実験では、サイズ剤による滲み防止効果とともに人気があります。

Q:機能性材料事業ではどのような製品を扱っているのでしょうか。
A:はんだ材料である「パインフラックス」、「パインソルダー」は、ロジン技術を駆使した独自のフラックスにより、優れたはんだ製品を開発し、汎用から特殊用途向けまで幅広く展開しています。さらに、ロジン技術、洗浄技術、分析技術を組み合わせ、プリント基板、ウエハ(後工程)、精密電子部品等のはんだ付け後のフラックス残渣を除去する産業用洗浄剤を有しています。この洗浄剤は、フロン代替、低VOC、鉛フリー等に対応した環境に優しく、洗浄性良好な産業用洗浄剤です。

Q:ロジンでフラックス、はんだ材料をつくりながら、そのフラックス残渣洗浄にもロジン誘導体(例えば「パインアルファ」)が有効とはどういう機構なのですか。
A:フラックス残渣洗浄に使われる「パインアルファ」はロジン誘導体ではありません。ロジンの性質をよく知っていることからフラックスを溶かす洗浄剤も開発できたということです。
(図4) つなぐを化学する

Q:それぞれの事業分野の材料を紹介して頂きました。これらのロジン誘導体を中心とする技術開発をまとめますと、「自社が有する技術で各種素材を“つなぎ”、目的とする機能を付与する」と言えるのですね。
A:その通りです。それを表現したのが「つなぐを化学する」です。図4がその概念を表しています。

Q:今後の御社の注力する分野としては、どのような分野になりますか。
A:電子材料、光学材料は当然注力すべき分野ですし、車、環境・エネルギーそれに医療関係分野を考えています。医療はメインなものではなく、メインに付随したニッチなところでと。

Q:人工知能やIoTが話題となっていますが、技術開発に取り入れていきたい等の動きはありますか。
A:人工知能(AI)は今後利用していくべきだとは思いますが、「今か」というと「どうかな」という感じです。気づきを与えてくれる段階には到達しているものの、こういう開発をというところまでにはまだでしょう。しかし、遠い将来かというと、そうではなくかなり進歩して来ているという認識ですね。

筑波研究所
Q:荒川さんには本社のある大阪に研究所があり、各事業部と関連の強い研究開発を行い、つくばの研究所はコーポレート開発部として新しい技術の開発を行っているという位置づけですよね。筑波研究所としての最近の話題を幾つかお願いしたいのですが。
A:筑波研究所ではロジンのさらなる高付加価値化としての新規ロジン誘導体の開発を行っています。高純度化による電子材料分野、光学分野、プラスチック添加剤等でこれまでに無い様な機能付与を目指しています。
 また、製紙用薬品の開発で養った水系ポリマー技術を製紙用薬品以外への展開も視野に入れ水系ポリマー合成技術の開発を行っています。

Q:筑波研究所としての大学等との産学連携研究なども盛んだと思います。1993年に研究所をつくばに設立されてからほぼ24年経過しました。つくば設立に関してのご意見をお聞きしたいのですが。
A:当時、科学技術分野の聖地であったつくばに研究所を持つことは、新しい技術開発を行う上で、最先端の情報を入手するためには必要と考えていました。筑波研究所開所時には、当時の物質工学工業技術研究所からナノサイズポリマー微粒子(ミクロゲル)の合成技術を導入し製品化検討を行っていました。また、産総研との共同研究は過去に、過酸化水素を用いたクリーンな酸化反応として松から得られるテルペン類であるピネン、リモネンのエポキシ化を検討しました。獲得したエポキシ化技術を用い、いかに展開していくかが今後の課題です。
 現在は、産総研とAD法(エアロゾルディポジション)を用いたプラスチック材上のAD膜形成方法に関する検討を実施中です。

Q:私は退職後、過酸化水素を用いたクリーンな酸化技術のPJのコーディネーターをしていましたので、そのPJに関しては知っています。エポキシ化の目標自体はクリアしたと思いますが、事業化まではいかなかったようですね。そのような経験を通して感じられたことなどお聞かせいただけないでしょうか。
A:つくばの研究機関は将来の研究開発を行っているという認識を持っています。我々企業人が、その技術開発が実現したら、どんなことが出来るのか、マーケットはどうかなどを各段階で考えておくべきだったと思っています。
(写真1) インタビューに答える稲波正也氏(右)と竹内秀治氏(左)

Q:御社の得意技術としては水素化などの還元技術だと思います。他方、エポキシ化プロジェクトは酸化技術ですよね。当面のエポキシ化では事業化まではいかなかったのですが、酸化技術を研究開発された点はどう評価されていますか。
A:還元技術に加えて、エポキシ化(酸化)技術、それも環境に優しい過酸化水素酸化を検討したことは将来に向けて良かったと思っています。

Q:現在取り組まれているのがAD法ですが、従来とは違った分野と感じますが、異分野技術の融合は新しいものが生まれてくる起点でもありますので、良い成果が出ることを期待しています。
A:実はAD法は研究者の方が独自に調査されて当社に来られたということから始まりました。当社の「つなぐ」技術がAD法の発展につながればと考えています。

SATへの要望など
Q:御社もSAT事業には積極的に参加頂いていますので、SATが異分野交流による「知の触発」を目指して活動していることはご存知だと思います。最後になりましたが、SATへのご要望などありましたら是非お聞かせいただきたいと思います。
A:異分野交流による「知の触発」は良いのですが、単発に留まっている点が残念です。“無い物ねだり”になってしまいますが、コーディネータ機能を強化していただいて、二段階くらい川下のユーザ企業を紹介いただければと思います。よほど企業とのつきあいが深くないと実現は出来ないこととは思いますが。

Q:ショーケースなどを利用して情報を集めていただくこともあるかと思いますが。
A:A. 一度ポスター発表しましたが、上手くマッチングに持っていけませんでした。材料そのものの提案という側面が強すぎ、何ができそうかのイメージをよく伝えられなかったせいかと反省しています。
SAT:是非、継続して参加いただければと思います。

SAT:賛助会員からある研究分野について研究者を紹介して欲しいという要望がありましたが、そういう要望がある場合はどう対応されていますか。
A:文献などを見て、直接その方に連絡しています。また、産総研などには産学官連携のコーディネータがいますので、必要な場合には連絡しています。

SAT:SATを介して研究機関のコーディネータなどに連絡することも可能ですので、何かありましたらSATを利用することも考えてください。

SAT:本日はインタビューどうもありがとうございました。



[ 一覧へ ] [ ホームへ ]
Copyright (c) Science Academy of Tsukuba. All Rights Reserved.