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第49回:楽天株式会社 楽天技術研究所
 2019年の関東地方は平年並みの6月7日に梅雨入りし、つくばはすぐに梅雨らしい日々となったのですが、その後梅雨の中休みが続きました。楽天株式会社の賛助会員訪問記インタビューに筑波大学と楽天株式会社との特別共同研究事業の研究拠点「未来店舗デザイン研究室」をつくばサイエンス・アカデミー(SAT)渋尾 篤(課長)、伊ヶ崎 文和(コーディネーター)が訪れた6月21日(金)午後も、そんな日でした。夏至を明日に控えていたものの、蒸し暑いこともなく過ごしやすい日でした。
 今回の賛助会員訪問記インタビューでは、楽天株式会社 楽天技術研究所 益子 宗様(シニアマネージャー、筑波大学芸術系 教授)にご協力いただきました。益子様には、これまでにつくばサイエンス・アカデミー(SAT)の会誌33号(2018年3月31日発行)のつくば研究情報に「筑波大学と楽天による新しい店舗システムに関する教育研究一体型産学連携」と題して執筆いただき、そのご縁がきっかけとなり今回の訪問が実現いたしました。
 賛助企業会員訪問記インタビューの中心は楽天株式会社と筑波大学との特別共同研究事業「未来店舗デザイン研究事業」でのこの3年間(特別共同研究事業は2019年1月16日に開始された。ここでは2016年11月からの「未来店舗デザイン研究室」での産学連携を含む3年間)の活動内容についてお聞きすることです。まず楽天株式会社および楽天技術研究所に関するインタビューから入りました。

1.楽天株式会社について
Q:楽天株式会社の業務内容について、その概要を紹介ください。
A:楽天は、E コマース1)、FinTech2)、デジタルコンテンツ、通信など、70 を超えるサービスを展開し、世界約13 億のユーザーに利用されています。 これら様々なサービスを、楽天会員を中心としたメンバーシップを軸に有機的に結び付け、他にはない独自の「楽天エコシステム」を形成しています。

Q:エコシステムという表現をよくみかけます。「楽天エコシステム」の特徴を簡単にお願いします。
A:「楽天エコシステム」は、お客様がひとつのIDで、楽天グループのあらゆるサービスを利用できる仕組みで、2001年にグループ各社の会員データベースの統合を開始しました。2003年に本格的にスタートした「楽天スーパーポイント」は、1ポイント1円として楽天の各種サービスで利用でき、今では楽天エコシステムの進化に欠かせない基盤となっています。さらに楽天カードや電子マネー「楽天Edy」、スマホ決済サービス「楽天ペイ」などの決済系サービスとの連携により、実店舗などのオフラインとオンラインの双方向でお客様が複数サービスを利用する「楽天エコシステム」に発展してきました。
 なお、(『楽天広告|1分で分かる楽天エコシステム(経済圏)』、Rakuten Marketing Platform navi HPより)も参考にご覧ください。
〔注〕青字部分をクリックしてご覧ください。以下同様です。
(図1) 楽天エコシステム(経済圏)

Q:Eコマース、FinTech、デジタルコンテンツ、通信について、楽天としての具体的な事業を紹介ください。
A:楽天グループは、国内外において、Eコマースを中核に、トラベル、デジタルコンテンツ、通信などのインターネットサービス、クレジットカードをはじめ、銀行、証券、保険、電子マネーなどのFinTech(金融)サービス、さらにプロスポーツといった多岐にわたる分野でサービスを提供しています。

Q:企業経営としてダイバーシティーにも十分配慮されているようですね。
A:現在、社内公用語は「英語」です。外国籍の社員の比率が増えています。後でも触れますが、研究所は日本を含めて5ヶ国、6拠点体制で、おおよそ8割が外国籍の方です。これら外国籍の社員に対する宗教的および食生活に対するきめ細かい配慮なども行われています。LGBTフレンドリーでもあります。

2.楽天技術研究所について
Q:技術研究所組織体制の概要(研究員数、国籍別人数、研究分野など)について、紹介ください。
A:楽天グループの戦略的技術開発を担っており、東京、アメリカ(ボストンとサンマテオ)、フランス、シンガポール、インドの5カ国、6拠点で150名を越えるスタッフが研究・開発に従事しています。
 トピックスは言語処理の他にデータマイニング、情報検索、画像認識、機械学習、ヒューマン・コンピューターインタラクション3)など多岐にわたっており、基礎から応用まで幅広いテーマに取り組んでいます。より詳しく知りたい方は 楽天技術研究所HP(英語)をご覧ください。
(写真1) 楽天技術研究所 シニアマネージャー
筑波大学芸術系教授 益子 宗様

Q:技術研究所ができて、何年になりますか。研究・開発従事者の割合はどのくらいでしょうか。
A:2006年に設立されました。研究所全体では研究者の支援、プロジェクトに関わる調整などサポートメンバーを含みますが、9割以上が研究・開発に従事しています。日本人の割合は2ないし3割程度、次にはインドの人が多いです。

Q:基礎と応用では研究期間は違うのは当たり前ですが、それぞれどのくらいでしょうか。
A:テーマや案件によっても異なりますが、企画立案から実証実験~検証~考察までをほぼ半年~2年以内を目安に動いています。情報系の研究は、(製造業などと比べて)技術開発のサイクルが比較的早く、また実際にプロトタイプをつくり実際の環境で試してみないとわからないことが多くあります。そのため、このような短い期間でもプロセスをより多く回し、システムを改良し、更なる展開へとつなげています。
 もちろん基礎的な研究・開発も重要ですから、長期的なものもあります。

Q:技術研究所の使命は、研究成果などを楽天が進めている事業に実際に使ってもらうことだと思います。そのために研究所の従業員と事業分野の従業員との交流は日常的に組織的に行われていますか?
A:研究所全体として、研究を進めていく上で、研究者だけで研究計画を作らない、ということを方針としています。
 起案時にビジネス側の社員と直接話をし、彼らを巻き込み議論を通じて計画を定める、すると研究は自ずとビジネス側との「共同の研究」となります。これにより研究者はビジネスの現場における課題や優先順位をしり、課題克服による便益を念頭に、解決を導く形で研究を進めることができます。
 ビジネス側もこの「共同の研究」を通じて研究者の知見、学術的手法の可能性を学び、触発され、研究者の参画を踏まえた事業計画を立て、新サービス創出につなげることが出来ます。弊社研究所では、過去12年で1000を超すプロジェクトを実施しました。技術移転や共同のサービス遂行による実証実験等、成果の形もいくつかありますが、起案時にビジネス側の関与がない案件は成果が創出しがたい傾向にあります。いかにビジネス側と協働で研究を作るかが肝要になります。
 更には、ビジネスと共同で行う研究に、より多くのパートナーを巻き込み、エコシステム的発展を狙う試みも行っています。(筑波大学をはじめとし、)各国の大学や公的研究機関とも連携して専門的な知見も反映させたり、スタートアップと組み、今までにない事業創出の取り組みも始めています。もちろんこれだけでなく、学術的な関心から研究者によるボトムアップで研究テーマを提案することもあります。

SAT:事業分野(ビジネス側)との連携を基本とし、研究者の自由度にも配慮がなされていますね。そして各国の大学、スタートアップなどとも連携して研究開発していることがよくわかりました

3.筑波大学との産学連携
Q:筑波大学との産学連携の内容についてお願いします。
A:私(益子)は主に「未来店舗デザイン研究事業」を推進しています。事業開始前の2016年から筑波大学芸術系とは、「次世代購買体験を作る店舗システム」についての共同研究を行ってきました。
 しかし私たちが対象とする「未来の店舗デザイン」の研究にはいくつかの潮流があり、その中でも注目するのが「OMO(Online Merges with Offline)」というマーケティングの概念。楽天技術研究所も開所当時から「Third Reality(実世界とネット空間が統合・協調・融合する第三の現実)」をコンセプトとし、私自身、新しいユーザー体験の創造というテーマで研究を行ってきたため、非常に親和性がある概念です。
 ネットとリアル(実店舗)を融合させたチャネルを通じて、買い物プロセスにおける顧客の行動データを収集・管理する企業のビジネス展開が、昨今小売業界では見受けられるようになりました。時を同じくして、我々の共同研究に人工知能科学センターが加わり、2019年より「特別共同研究事業4)」となりました。ヒューマンコンピューターインタラクション、感性工学、プロダクトデザインの分野に加えて、新たに人工知能やデータ解析の知見が加わり、時代の流れを汲みながら、更に研究を推進することが出来るようになりました。
 これらの取り組みを踏まえ、今後は我々自身が買い物体験にまつわる新たな概念や技術の発信者となり、次の潮流を作り出していくことを目指し、研究活動を展開したいと考えます。
 『未来店舗デザイン研究事業成果報告サイト』(2019年1月開設)と、『次世代購買体験を作る店舗システム」についての共同研究報告サイト』(2016年開設)をご覧ください。

Q:学会での優秀発表賞など受賞されていますね。いくつか紹介ください。
A:「heartbeat」は研究員の勝部里菜さんが2016年に製作した‟心拍により変化する空間演出システム”です。近年心拍が計測できる活動量計の市場が伸びており、健康管理や生活の記録を目的とした製品が多くリリースされています。このシステムでは、腕に簡単に装着できる活動量計を使用し、店舗内にいるお客さまの鼓動を可視化します。“居合わせる人々の情動”をリアルタイムに空間演出に反映する、エンターテイメント性の高い新たな顧客体験の試みです(『heartbeat』作品紹介のサイトで体験ください。)。この作品は、筑波大学の芸術専門学群長賞を受賞し、2018年にはJ-Waveが主催するイノベーションワールドフェスタにも出展を行いました。
 また2017年には、未来店舗デザイン研究室として、筑波大学の学園祭に未来のカフェをコンセプトとした展示を行いました。「視覚でハーブティを味わうサイネージ」や「スロットゲームで出た目の食材から自動的にメニューを選択するシステム」など、学生たちが中心となり作品を制作し、その年の筑波大学学園祭グランプリ「敢闘賞」をいただきました。

Q:未来のカフェは興味がありますね。「視覚でハーブティを味わうサイネージ」はハーブティを注文したお客様にハーブティ畑の動画を見ていただきながら飲んでいただくとかいうことでしょうか。また「スロット....」はどんなことでしょう。
A:言葉で紹介するよりも動画を見ていただく方が理解できると思いますので、未来カフェの紹介サイトで体験ください。(『筑波大学雙峰祭 未来カフェについて』

Q:学術研究だけにとどまらず、ビジネスの場での実装に発展させる試みとして、雑誌FUDGEの15周年イベント「FUDGE Holiday Circus」(2017/10/14-15)の“未来型スタイリングルームのブース展示は話題になったようですね。
A:ありがとうございます。私たちがこれまで培ってきたインターネットの技術に加え、楽天市場の店舗であるイーザッカマニアストアーズの蓄積してきた接客ノウハウ、楽天と共同研究を行っている筑波大学の消費者視点でのアイデアとエクスペリエンスデザインを組み合わせ、「遠隔スタイリング支援システム」というソリューションを提案しました。このシステムを利用することで、試着室(ブース)と遠隔地にいるスタイリストをインターネット経由でつなぎ、ファッションアドバイスなどの接客を受ける新たな顧客体験が実現できます。2017年10月14日~15日のイベントは「バーチャルスタイリングラボ」として「遠隔スタイリング支援システム」を活用し、合計300組以上、500名以上の方が体験を行いました(『「FUDGE Holiday Circus」(2017/10/14-15)の“未来型スタイリングルーム”のブース展示について』(楽天株式会社コーポレートサイトより))。雨天にも関わらず、最大で1時間待ちの行列ができるほどの盛況でした。今回は、「対面ではなかったのでスタイリストから正直なアドバイスがしやすかった」、「音声も地声ではなく、わざと変えていましたのでコミュニケーションが上手く取れた」という声があり、感性工学的にも面白い気づきがありました。リサーチとしてフィードバックが取れましたね。
 この「遠隔スタイリング支援システム」は以下の賞を受賞しました。いずれも楽天株式会社、有限会社ズーティー(「イーザッカマニアストアーズ」を運営)および筑波大学共同での受賞です。(一社)デジタルサイネージコンソーシアムのデジタルサイネージアワード2018 インタラクティブ部門賞 および (公社)企業情報化協会の平成30年度IT賞 IT特別賞(技術活用賞)
(写真2) 遠隔スタイリング支援システムの体験風景

Q:「遠隔スタイリング支援システム」の体験者の典型的な感想はどのようなものだったでしょうか。
A:「普段、プロに服をコーディネートしてもらう機会がなかったので、非常に新鮮だった」という声が多くありました。このように、インターネットでの買い物では抜け落ちてしまうスタッフとのコミュニケーション、特にスタッフが持つ服に対する知識や経験、着こなしのマナーや工夫などをお客様に伝えていく服育の場を、出来るだけ楽しく体験してもらうことが出来たのではないかと考えます。これは、単にシステム開発の観点だけでなく、店舗運営の知見や筑波大学の感性工学的な視点などがうまく合わさったからこそ、実現できた取り組みです。

Q:「遠隔スタイリング支援システム」の応用展開として、今年の5月には 東京のスタイリストと神戸のお客様をつなぐ“VRオンライン接客”の実証実験が披露されました。実証実験はどの程度行われているのでしょうか。
A:短いサイクルでPDCAを回し、一つのプロジェクトあたり、一年の間に数回のペースで実証実験を重ねシステム改良やコンセプトの検証を行います。
(写真3) インタビューに答える益子 宗様

Q:筑波大学と連携し、まだ3年弱と日が浅いのにいくつかの成果を上げています。共同研究の成果についてどのように評価されていますか。また今後の展開として期待していることとかありましたら、お願いいたします。
A:私は2010年ごろから楽天技術研究所と筑波大のシステム情報系(工学、コンピュータサイエンス)との共同プロジェクトをやっていたのですが、芸術系の先生方とははじめてで、当初は戸惑いも多々ありました。主に領域やプロトコルの違いによる具体的な成果の定義が異なっていたり、お互いの強みを活かせる距離感がわからず、こちらの要求を一方的に伝えてしまったこともありました。先生方も大変だったと思うのですが、数多くの提案をしてきてくださって、お互いの強みを活かせる距離感がつかめてきたような気がしています。成果の創出プロセスについてはまだまだ試行錯誤中ではありますが、アジャイル的にプロトタイプを作成し、コミュニケーションを取ることで、新しい着想を得ることができています。事業化するタイミングで、工学系の先生方や学生にも参画して頂いています。今後は複合的な領域から生まれる成果を期待しています。

SAT:芸術系の先生方との共同研究によるさらなる成果および、他の分野の先生方を含めての複合的な領域での成果を我々も期待しています。

4.つくばサイエンス・アカデミー(SAT)の事業への参加を
Q:(SAT紹介パンフを見ながら)インタビューの最後になりましたが、SATの活動紹介をさせていただきます。つくばにおいてSATは、異分野交流による「知の触発」を目指して活動をしています。具体的には、江崎玲於奈賞・つくば賞・つくば奨励賞などの顕彰、ノーベル賞受賞者などによる講演会、異分野交流による「知の触発」の場としてのテクノロジー・ショーケースの開催など様々な活動です。これらの活動への楽天からの参加を期待しています。SATへの要望などあればぜひお聞かせください。
A:近年ではビジネスの現場でもイノベーションを創出するために、デザイン思考が取り入れられるなど、領域横断的な考え方や活動がこれからますます重要となってくると思います。筑波大学は工学、人文、医学、芸術、体育など多くの学問を学ぶことができる機会に恵まれている総合大学であり、様々な研究機関が集積する研究学園都市というコミュニティにあるという強みもあります。私自身が筑波大出身ということもあり、このような地の利と楽天の可能性を最大限に掛け合わせることで、他に例を見ない新しいオープンイノベーションを具現化し、そのような環境を活用した人材教育やつくばという名を世界へ発信したいと思っております。

SAT:領域横断的な考えや活動がこれからますます重要になってくるとの認識ですよね。SATも異分野交流による「知の触発」を重要だと考えています。領域横断的な取り組みで、例えばつくばの公的研究機関などとの連携につきましても考えたい場合には、SATとしましてもできる限りお力添えをしたいと思います。
 筑波大学芸術系との産学連携はまだ3年弱ですが、話題になった成果なども多くあり、今後ますますの連携の拡大と成果を期待しています。本日はありがとうございました。


注釈
1)Eコマース:電子商取引。コンピュータネットワーク上での電子的な情報通信によって商品やサービスを売買したり分配したりすること。消費者側からは「ネットショッピング」とも呼ばれている(ウィキペディア)
2)FinTech: フィンテック、FinTechとは、FinanceとTechnologyを組み合わせた造語であり、ファイナンス・テクノロジーの略。 「ICTを駆使した革新的、あるいは破壊的な金融商品・サービスの潮流」などの意味で使用される(ウィキペディア)
3)ヒューマン・コンピューターインタラクション:HCI(Human Computer Interaction)。人とコンピューターの関連を調べることで、人がコンピューターをより効率的に使えるような設計を研究する分野(https://www.mitsue.co.jp/case/design/u_012.html)。
4)特別共同研究事業:産学連携の枠組みとして、企業などとの連携をより強化することによって研究成果の社会実装を促進する制度。具体的には企業などの研究者を教授、准教授として雇用し、Under One Roofで共同研究を推進する(https://www.tsukuba.ac.jp/wp-content/uploads/pr201411271630.pdf)。


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