第51回:オリエンタル技研工業株式会社

 2022年度に新たに賛助会員となっていただきました、オリエンタル技研工業株式会社の林正剛(はやしまさよし)社長、柿添陽(かきぞえのぼる)常務取締役を、2023年3月13日に訪問させていただきました。当方(SAT: つくばサイエンス・アカデミー)からは大越課長と渡辺コーディネーターとで訪問し、本社(東京神田橋)のガラス張りショールームのところでお話を伺いました。表通りに面した所に実験器具が並べられ、外からは小奇麗な化学実験室のように見え、なかなか目を引きます。同社は1978年創業の、研究室の設計・施工・設備を扱う会社で、つくばには工場と整備途上のインキュベーションラボ施設を保有しています。
 林社長は2002年にご自身で、研究所の設計を対象とした一級建築士事務所、プラナス株式会社を起業・経営されていて、標記オリエンタル技研工業株式会社は3年前にご父君から継承されました。今回は個々の事業の具体的なことのみでなく、林社長の全般的なお考えを伺うことができました。研究所の施設・設備を機能オンリーの視点でなく、むしろ研究者のひらめきが増すためにどうすれば良いかの視点を重視して発想されているところが新鮮でした。
 以下では発言の冒頭に、オリエンタル技研工業、サイエンス・アカデミーそれぞれのローマ字の頭文字『O』『S』で略記しています。

1. 理念、ミッション、会社継承の経緯
林正剛社長
S:御社の理念、事業規模、茨城県内の活動等についてお話をお願いします。
O:「ひらめきの瞬間をつくる」というのが当社のパーパスです。初めに、私自身の話をさせていただきます。
 私は元々アート、デザインといった分野に高校1年生から興味を持っていました。アート・デザインと音楽活動・バンド活動に傾倒していて、全く製造業分野に興味が無かったし、科学とか技術とかに興味がありませんでした。
 1978年に父がオリエンタル技研工業を創業して、私の兄が医者であり、研究者である大学の教授をしていて、理系なので、まあ兄が継ぐだろうということで、私は好き勝手をしていました(笑)。
 音楽やらアートやらが好きすぎて、アメリカの美大に行って、でまあ、好き勝手やってたんですが、父が、お前の方がビジネスに向いていると言って、オリエンタル技研工業に入りなさいと言われた。一瞬入ったんですけど、すぐやめました。別に喧嘩別れとかでなくて、私自身、デザインやアートに興味があったんで。
 オリエンタル技研工業に当初、30過ぎで入った時に、全くこの業界というのは、デザインが入り込んでいない領域だなと思ったこともありました。ラボはいわゆる3K職場というイメージがありました。で、そんな場所に世界中から優秀な研究者を集めようという国の動きの中で、一方では、これはやるべきことがいっぱいあるなとも思いました。ただ、一実験台メーカーとしてのみの動きであれば、そこまで変えられないので、建築から変えないといけないなと漠然と思っていたんですが、そんな時にアメリカのケン・コーンバーグという、研究所専門の建築家を紹介されました。この人はノーベル医学生理学賞受賞者のアーサー・コーンバーグという方の三男です。オリエンタル技研工業20周年の時に記念誌を作ることになり、巻頭言をある東大の先生にお願いしたところ、ラボのデザインならケン・コーンバーグが良いと紹介されました。
 それで彼の事務所を訪ねたんですが、彼の作品に胸を打たれて、これを僕はやりたいと思いました。そこからはコーンバーグアソシエーツ・アメリカに通い詰めて、かばん持ちをして、日本で私が事務所を開くので、全部教えてくださいと。一緒にプロジェクトをやらせていただくなかで、研究所の建築の在り方とか、ノーベル賞が生まれるようなひらめきが生まれる空間のあり方とかを学ばせてもらいました。そして、コーンバーグアソシエーツ・ジャパンを立ち上げて、OIST (沖縄科学技術大学院大学)とかいろんな仕事を獲得することができました。その後、プラナス(株)という一級建築士事務所を立ち上げました。以来今日に至る、というのがバックグラウンドです。
(左)林正剛社長、(右) 柿添陽常務
S:OISTの設計はどういう形でされたんですか?
O:OISTのラボの一番最初の設計はコーンバーグ・ジャパンを含む三社共同企業体で行いました。軌道に乗るまでは私もやってたんですが、軌道に乗ってからは私はプラナス(株)の方の仕事にシフトしました。
S:OISTには3回くらい行ったことがあるんですが、すごい斬新な建物だったのが印象に残っています。
O:コーンバーグが基本構想からやっています。それからどんどん自分の仕事が、それこそ大学の先生の小さなラボから民間企業の事務所から、いろいろ入ってきたんで、スピード感の必要性から、米国とやっている時間も無いので、プラナス(株)を作りました。
 父は80までオリエンタル技研工業の経営者をやっていて3年前に倒れたんですが、私はプラナス立ち上げから15年くらいで、どんどん成長している時だったんでオリエンタルに戻る気はありませんでした。私はもう経営者だったんで、船頭が二人いるのは良くないと思うことから、父と一緒に仕事をする気はありませんでした。ですが、父が3年前に倒れた時に、俺はもう戻らん、あとはお前に任せたと。それで研究設備メーカーのオリエンタル技研工業を私がついで、やることになった。何を軸にしていこうかと考えました。
2. 場と文化
1階ショールーム
O:まずミッションを「ひらめきの瞬間をつくる」ということに変えました。日本のラボ環境とか建築環境とかは欧米からまだまだ遅れていますが、使う側の意識も同様です。建物がコミュニケーションをとりやすくとか素敵にしても、カルチャーが固着していて、なかなか建物を上手に使ってくれない。なので、場作りとカルチャー作り。それを通じて人材作りをやっていこうと。この三つをテーマにあらゆる事業を立ち上げています。
 場作りとかの建築に関わるところはプラナスで、設備とか内装とかはオリエンタル技研工業で。カルチャー作りとしてはここ(神田橋/KANDA BRIDGE)でコーヒーとかチョコレートとかアパレルとか、『600』 (Six hundred)という事業を立ち上げています。これは第六感にもかけています。ここでは日本の科学技術を日本の文化にしていこうと。文化レベルにまで科学を落とし込まないと、日本は生産性が上がっていかない。ずつと科学というのは理系の、ある種特別なマニアックなイメージがあって、それをもっとカジュアルで格好良くて誰もがサイエンティストであるという日本の文化を作っていこうということを、ここで目指しています。というのは、海外では、innovation for everyoneとかいいますが、ヘビメタをやってるんだけどもサイエンスも好きというような人がいっぱいいたりとか。サイエンスというのは、特別なものでなくて、誰でもやれるんだと、そういう文化づくりをしていこうと思っています。
S:日本は科学技術の最初の導入が借り物だからですかね?
O:うーんどうですかね、日本らしくやればいいのでは。日本は哲学寄りになっているというか。これから科学技術をもっと集中的にやらないといけない時に、もっとカジュアルになるといい。私がここ(ショールーム)で格好いい感じの実験器具を表に出しているのも、みんなにサイエンスとかラボに興味を持ってもらいたいからで。
S:なるほど、この道から見えるショーウインドー的なのは実験室のイメージですか。
O:あと、1階でチョコレート屋さんをやっているのも、科学に興味を持ってもらいたいからで、まず場作りはプラナスで。私は大手化学メーカーや製薬メーカーの研究所、国立の研究機関、また大きいプロジェクトだけでなくて、大田区蒲田の特殊技術をもつ7つの企業のイノベーションのコンサルタント等々、大小問わず今まで100以上の研究所設計などを手掛けています。
 プラナスは60名くらいの規模で、元YouTuberであったり、元研究者であったり、元ゲームデザイナーであったり、そんな人間が集まってイノベーションを支援しようと。オリエンタル技研工業と連結で240名くらい。で事業所がいくつかあって、つくばには工場ともう一つ不動産があって、それをこれからインキュベーションラボにするつもり。3年前に私が引き継いでから得意とするデザインとかブランドとかを中心として、全てのものについて私がデザインしています。何でもないところに実験台を置くだけで気分が上がるような、例えば主婦がキッチンの台で料理をやりたくなるように、今日も実験をやるぞという心を前に動かすように。
3. 開発設備例-褒め言葉付き空気Sensing Unit
O:私が着任してすぐ世の中がコロナパンデミックになって、コロナに対する製品をたくさん作ってきました。空気清浄機の壁みたいなものが全国の病院などに5千台以上入っていますが、これがもう病院ではマストの設備になっている。
 最近では製品のIoT化ということで、空気の質をセンシングする「KANARIA(カナリア)」という製品を作りました。人間はほとんど、一日のうち90%は室内に居る。その建物の中で一人一日18kgの空気を吸う。水は1.2kg、食料は1.3kg。その空気の質が悪い。最近ではアレルゲンとか黄砂とかが混ざってたりする。特に最近、健康的に働ける環境、ウェルビーイングが重要視されているので、これをセンシングしてレポートするような装置を開発しています。我々はこれで何をやろうかというと、ひらめきの瞬間を生み出すのがミッションなので、最も生産性の高い空気の質の状態をお客様に提供する。例えばCO2濃度が上がるとみんな眠くなる。工場では事故の危険率が上がる。今ひらめきが生まれる状況ですよというようなレポートをしてあげるのが我々の目標です。この装置はさらに裏機能があります。
 ある研究者と話すと、最近教授に褒められたことがないな、褒められたいなと。じゃあ、この「KANARIA(カナリア)」に褒める機能を付けようと(笑)。20本誉め言葉を搭載している。君の研究の質はいいねえとか。昨日も君が居て助かったよとか。あまり人は確かに褒められないなと。褒められる人は伸びるし、生産性が高まるという脳科学の話もある。そういう機能を搭載しています。
4. レイアウトアプリ、デジタルアーカイブサービス
O:家具や自分の部屋でレイアウトするシミュレーションソフトがありますが、そのようなラボ専用のレイアウシュミレーショントソフトも開発しています。弊社のいろんな実験設備とかを自由に並べられるんですが、見積りも作れる。お客様に体験として提供しているんですが、これで何をやろうかというと、これまで作られてきたレイアウトを読み込んで、AIで分析して、例えばお客様がこれからワクチンを開発したいという要求があれば、機器とかレイアウトとかを提案できるようなソフト展開をしています。それの軽いバージョンが今もうホームページに出ていて、ウェブブラウザ上で動かせます。要はDX化。今まで先生方が面倒くさくパワポとかエクセルで部屋のレイアウトを書いてきたのを、3Dシミュレーションできて、金額もわかって、それを我々ビッグデータ化しているので、今後はレイアウトもせずに言葉だけでレイアウトできる。
 デジタルツインを使ったアーカイブサービスも提供しています。グーグルのストリートビューと同じで歩いて見て回る感じ。これまで僕が作ってきた建物とかラボを全部360度で撮影して、アーカイブ化していこうと。自分の大学でも、どの先生がどんな機材を持っているかはわからない。このサービスで見て回りながら、研究機器のあたりをクリックすると、この製品が何かがわかる。どんどん歩いて行くと、ここに実験台があるなとか、ここで取説を出してとか、YouTubeを出したりとか。大きい企業だと、社内でもわからない。これをアーカイブすることで、日本の知を共有していこう、日本全体でデータベース化していこう、というのがデジタルアーカイブサービス。
5. 癒し−発想環境作り
O:カルチャー作りについて。先ほどの『600』の一環ですが、日本の研究者、ストレスとかでメンタルがやられる方が多い。安心して働けるように、ちょっとした気分が変えられるように、そんなことができないかと。ここにあるチョコレートとコーヒーはひらめきが生まれるようなものはどんなものかということで開発しました。チョコレートとコーヒーの脳に与える影響というのが、人にやさしくなったりとかいう効能があるので、研究者がメンタル的に参った時とかに使う。昔だったらコーヒーを入れてあげて頑張れよとかのコミュニケーションがあったもんですが、なかなかそういうコミュニケーションがとりにくくなってきている。
S:そういう効果って、チョコレートとコーヒーに特別なものなんですか?
O:18年前にノーベル賞が生まれている研究所とかを調査したんですが、特に印象に残っていたのが、筑波大の柳沢先生がいらっしゃったハワードヒューズ研究所。入口を入ってすぐにバーがあって、そこにエスプレッソマシンがあって、焼きたてのチョコクッキーも置いてある。エスプレッソがほんとにおいしくて、そのマシンに多額のランニングコストをかけている。そんなにかけて、どういう効果を狙っているのかと聞いたら、ほんとにおいしいコーヒーが置いてあれば、みんなここに集まる。コラボが始まる。当時日本は箱だけ作って、中の運用とか研究者が何をするのかとか全く認識しないで。器だけ作って。
S:今でもそうです(笑)。
O:ハワードヒューズ研究所ではラボにソファがあり、そこにおもちゃが置いてある。なぜかというと、脳の状態が、デフォルトモードネットワーク(ぼんやりした状態の脳が行なっている神経活動のことで、創造性と関係していると言われている)になる。軽い集中するとそうなる。そうなると、いろんな気づきとか過去の記憶とかがババっとつながる。そこまで考えて建築を作っているのに、日本では何も考えずに器だけ作っていて。せいぜい考えているのはエントランスくらいで。これでは人が集まらない。
S:企業の研究所もそうですか?
O:そうですね。僕らの設計するのは全然違う。文化が変わらないとだめ。普通にラボにサーフボードやギターを置いてあったりとか。やはりその、生産性が高いというのはどういう状態なのか、彼らはひらめきを生み出すのが一番生産性が高いと。
S:日本は発想を生み出すのはどうやってやるのかというところに思いはいたっていないんですね。発想が出た後の効率化はいろいろ考えているけど。
O:今ようやく日本も探索と深化ということで、8割はものごとを深め、2割を新しいことをやろうと言われています。遅いですよね。なので、その2割を僕らは生産性高く、何か僕らのデザインの力で解決できないかと、コーヒー作ったり、チョコを作ったり。あとストレスホルモンの分泌を軽減するようなアロマ、着ている服も作ります。日本の研究機関で着ているのは作業着ですね。男子ブルー、女子は薄いピンクの。ダイバーシティには程遠いような作業着を着ているケースが多くて。それで世界中から人が集まるかと。
 アパレルメーカーさんとデニムの作業着を開発して、化学会社さんに提案して採用されました。WEB SHOPで一般に販売もしています。何とか日本の文化を少しでもひらめきを生み出すようなものに変えられないかと思っています。
6. つくばにインキュベーションラボを作る
S:今までは化学系の研究設備のイメージの話が多いが、どこかの分野が多いとかいうことがありますか?
O:生物系が多い。それと化学系。
S:電気系はどうか。情報系はこのような話に多少なじみがあるのでは。
O:情報系は少しなじみがあると思いますが、単にオフィス家具を並べるだけでは効果が薄いのではないか。情報系こそ、人が出会って、コミュニケーションを図って文化を共有すべき。
 つくばのテクノパークに元々弊社の第一工場がありました。そのあとショールームになって、ショールームはこちらに持ってきちゃいましたんで、今空っぽです。空っぽとはいえ、デザインして可愛らしくしたのでつぶすのはもったいない。ここを、つくば発ベンチャーとか、あらゆる企業さんとベンチャー企業さんをつなぐような場所にしたいと思っています。この1年ほど企業さんからの相談で多いのが、どこかいいベンチャーを知らないかということ。これまでの蓄積してきた技術からさらにイノベーションを起こすには、何か新しい知を導入していかないといけないので。
 私自身が紹介とかしていたんですが、いっそベンチャーをたくさん集めた場所を作ろうと。ここ特徴的なのは入口がバーベキュー会場。アメリカでは毎週末のように、何かというとすぐバーベキュー。人と人をつなぐための、アメリカの鉄板文化というか。
S:このつくばの施設はできあがっているんですか?
O:器はあるんですが。ちょうど先週くらいから、当社の販売店さんにテナントの募集をアナウンスしようとしているところ。こういうことをやってつくばを盛り上げていくのが我々の役目かなあと。当然ここでは『600』のコーヒーとかも出しながら、工場地帯という雰囲気でなく、文化的な雰囲気にしていきたい。これらを通じていろんなネットワーク作りをやりたい。いろんな企業とかベンチャーとかアカデミアとかをつないでいきたい。あとどんな環境で皆さん働いているかとか、空気の質が悪くなったらすぐアラーム出したりとか、安全でかつ生産性の高いラボの状況を我々が提案していきたいなと。最終的にはプラットフォームみたいなものを作りたい。以上が我々の事業です。わかりにくいですが、一言でいうと、知のインフラを耕したいなと。
7. 神田ブリッジ
O:今日来ていただいているこの本社は神田橋交差点というんですが、社内的には「KANDA BRIDGE」と呼んでいる。このブリッジというのが気に入っていて、つなぎ合わせるという意味があるので。ここで先週も「サイエンス大喜利」というイベントをやりました。ここはアカデミアの方には無料で貸し出している。
S:どんなことをやってるんですか?
O:社会課題をみんなで出し合って。いろんな研究者が集まるので。それぞれの人がそれぞれの視点から解決アイデアを出す。もしもCO2ゼロにするにはどんな方法があるかとか、皆それぞれ得意の分野で切っていく。僕も一応デザイン領域ということで参加して、研究者と一緒になってアイデアを出す。まさに科学技術を日本の文化レベルに、大喜利という演芸を通じて落とし込みしようとしている。前回の時はSAT会員の池田理化さんも参加されました。
S:定期的にやられてるんですか?
O:そうですね。今度、大手ヘルスケアメーカーさんと、科学に強い小中学生向けのSDGs challengeイベントをやる予定となっています。小中学生の起業家も居る。世界的な賞をとってお金も貰ってやっている高校生もいる。この子たちも参加して質問もして。
 サイエンス大喜利のイベントではビーカーでお酒を飲みながら、いろんな方が集まって、未来の研究機器はこんなのがないだろうかとか。このような形でここをどんどん使っていこうと、そういう場所です。是非サイエンス・アカデミーでも利用していただければ。
 大学発祥の地でもあるし日本の製薬・化学会社100以上集まっている。ここに本社を置いて、1階に一般の人と科学をつなぐような場所にするということで、こういうチョコレート屋だったり、実験台がショールームのように外から見えるような場所にしています。テレビのぶらり途中下車の旅でとりあげられました。こんな感じで日本の科学技術の敷居を下げられたらと思っています。2階はショールームになっています。東京駅から歩いて15分のところで、こういう設備が見えるというのがいいでしょ。5階が弊社の労働環境の分析をするラボ。と同時に、つくばのベンチャーさんが東京に拠点を欲しいことがあり、そのための貸しラボがあります。
S:お父さんがやられていた時は、元々どこにあったんですか?
O:ここから300mのところにありました。ここはまだできて1年経っていない。私が経営してすぐコロナパンデミックがあって、みんなステイホームして、その間にオフィス全面にリフォームして格好よくしたんですが、どんどん事業が大きくなって、リフォームしたのに1年ちょっとくらい別々のままでした。私はプラナスを引っ提げて帰ってきたので、もっと人が混ざるようにしたいなと。それまでは全然別々の活動だったので。
S:プラナスとオリエンタル技研工業の関係はどんな感じでしたか? 元々お父さんがやられていた時は昔ながらというか、地道な設備メーカーという感じだったのでしょうか?
O:父がやっていた時は純粋な実験台とドラフトチャンバーのメーカーでした。
S:そこからお父さんが倒れられて、すでにやられていたプラナスの活動とコンセプトをここに持ち込まれたというイメージですか? それで、現在は建築的なところはプラナスが、中の設備はオリエンタルがというような理解で合ってますか?
O:そうですね。以前はプラナスとオリエンタルは全く別に活動していたんですが、今は同じビルに居て、融合しようとしている。事業を整理して融合していこうと。
S:いろんな魅力を感じる。研究所環境に特化した企業さんみたいになっているが、これだけ有名になってきて、後発の同様な会社が出て来ないのか
O:たぶん、僕みたいなデザインとかアートとか建築とかのバックグラウンドがあって、研究開発の環境も熟知しているという人は恐らくいないと思うんです。日本には。
 いくつかトライはあったがみなつぶれた。一件も残っていない。結局情熱が違う。持っている課題が違う。僕は18年前にほんとに日本はまずいと感じました。海外にはノーベル賞を貰った研究者がどんどん集まっているところがあるのに、日本は器だけ作っている状況で、日本はまずいと思ってプラナスを立ち上げて、そこからたくさん作っています。
8. 妄想して越境して崩す
S:デザインと研究設備とは、普通は結び付けて考えない。いちいちなるほどと思うが、なかなかしっくりとはこない。率直にいって、儲かるのかなと。
O:マネタイズは、さっきの不動産事業に関してもそうですし、KANARIAもそうですけど、全く考えていない。そこは設計業務と実験設備の業務でしっかりと事業としてはやれているので。探索的なことに関しては日本に必要だと思っているから、まずはリリースしてみる。今まで日本はマネタイズありきでやりすぎてきたんで。
S:そこが先に来てしまうとこういう話は難しいですね。
O:山中先生は勘でこれは何かあるなと。それで追求した結果成功した。日本人の発想とか、結局そういう妄想とかというのを非常に大事にして、頭を切り替えていかないと。前時代の情報化社会のSociety4.0ではGAFAに日本メーカは全部やられたように、今新しい創造性社会のSociety5.0の時代に入ってきてまたやられてしまうんではないかと心配です。でも、日本は結構妄想社会だと思っています。ドラえもんとか、スタジオジブリがあったりとか、ガンダムとか。科学技術の世界でもiPhoneの技術とか日本は一杯持っていて、しかしハードとソフトとサービスをうまく組み合わせるのがうまく行かなかった。なのでやはりもっと妄想すべきだと。私自身、今オリエンタルでやっていることは、妄想して越境して崩していこうと思っているんで。いかに実験台メーカーというところから社員全員、頭切り替えさせて妄想、越境していこうかと。
 他社が同じようなことをやろうと思っても、表面的なことはできると思うが、思想的なことは無理。
S:アメリカにはそういう会社が多い?
O:研究所の専門会社は有る。
S:あと、研究所自身でも、研究者が発想しやすいように考えているところの話を耳にすることがありますが、それが多いのはアメリカだけなんですか? ヨーロッパにもある?
O:もちろんヨーロッパにもある。いくらか有る。日本に比べれば。
 日本はゼネコンとか、大手設計事務所とか、普段役所とか学校とかを作っている人たちが作っている。実験台に向かった時の研究者のタイミングとか、そこで何を扱うとか、そこまでわからないで設計している。なのでしばらく難しいと思う。これからどんどん良くなっていくとは思うが。
 第4次産業革命で、これからもう、創造性社会に入ってる中で、ほとんど創造的な活動というのは、全部IoT化しますので、ビッグテータがとれるんです。それをAIが分析して。そうなって来た時に、最後に人間ができることは、楽しいことを妄想することだけ。妄想がばかげていたり、スケールがでかければでかいほどイノベーションにつながる。妄想が上手なのは5歳児くらいの子供。30過ぎるとほとんど想像力を無くす。これは偏見とか先入観とかが身についてきてしまうから。5才の環境では妄想を促すようなおもちゃがちゃんとあったりする。それが学校の年齢になると、余計なものを学校に持ってくるなとか、同じ服を着ろとか、同じ方向を向けとか。社会に出ても同じ。こういう環境を僕らは少しでも変えることで、人の行動を変えていこうと。
 全て研究データに基づいて、照明計画を作ったり、色彩計画を作ったり、カラフルな空間の方が妄想は増えるというデータに基づいて、ラボの設計を行います。ポジティブで建設的で妄想できる状態を促すためには、森の中やジャングルがいい。バーでお酒を飲んでいる時には、町工場の社長さんは夢を語り出す。研究の質はコラボした人の数で決まる。そのためにどんな空間が必要なのか。全部データに基づいています。歩いている方が創造的な発想が活発になるので、僕らの作る建物ではやたら歩かされる。
 広いところでフリーアドレスにすると、誰もコミュニケーションを図らない。広くても密度は上げないといけない。僕らの企業活動はアートだと思っているので、それをまねしようと思っても難しい。
 偉そうなことばかり言ってますけど、あくまでも我々の妄想なので。(笑)
S:これが商売になるのがすごい。そんな感じだなと思うものの、それを実行するのがすごい。
O:むしろクライアントの勇気がすごい。筑波大学の柳沢先生なんかも私に託していただいた勇気がすごいなと思いますね。アメリカ帰りの先生なので、お前の言っていることはすごくわかると。豚が飛んでたり、くるくる回る階段とか。
S:大学から反対されないんですかね?
O:やはりトップが、妄想とか創造性が研究所には必要だとわかっているので。
9. ベンチマークはオリエンタルランド
O:社内ではベンチマークはオリエンタルランドだと。ディズニーランドの。彼らはときめきとかを売りにしています。我々はひらめきを売る会社だと。ひらめきの瞬間を作る会社なので、競合はオリエンタルランドだと。勝手に言ってますが。これからつくばに作るのは『X/S Worksite(イクシーズワークサイト)』という名前ですが、イクシーズというのはX/Sなんです。ひっくり返すとsixなんです。第六感を連想させる。あといろいろいなX。experienceとか。crossingとか。混ざったりいろんな経験をしたりとか。いろんなXが重なり合って第六感につながって。そこはバーベキュー会場があって、ディズニーライクな感じで。
10. 優秀な研究者を集めるには
O:つくばに世界中から優秀な研究者を集めるにはどうしたら良いかと、一度アカデミーの人に聞かれた。その時は街づくり的なことを言ったが、界隈的な、もうちょっとヒューマンスケールな場所を作って、そこに、少なくともミシュランの二つ星くらいをとったレストランを何店舗か誘致すべきと思いますよと。文化レベルの高い研究者がわざわざ日本に来た時に、おいしい食事とか、楽しい文化に触れられないという街には来ない。世界から優秀な研究者を集めたいと思ったら、ちゃんとしたホテルがあったりとか。
S:元々官製の街ですからね。硬いというか。
O:ある薬品会社がもっとも元気だったころ、その研究所とその界隈で先輩後輩でいろいろ学んだ。そのエリアには飲み屋とかいろいろある。そういうところで深いコミュニケーションができた。それがだだっ広い誰ともコミュニケーションがとれないような密度の低いところで働くようになって。空間密度はすごく重要で、つくばも若干密度が低いというか、スケールがでかいので。
S:つくばは元々国の発想だから、最初はだだっ広く、場所がとれるところにぼーんと作るという発想。
O:ショッピングモールくらいの密度でいろんなラボがつながってると、いろいろ混ざるんですけど。言いたい放題行っていますが。この辺はちょっと載せるとまずい(笑)。
S:民間の研究所がもっとできればよかったが、それが当初の構想から言えば足りない。
O:私は海外のイノベーションが起こっている街をあちこち調査しているので、つくばはスケールアウトしているのがすぐわかる。米国のボストンやケンブリッジ。MIT, ハーバードがあって、Johnson&Johnson があって。全部歩けるスケールで。そこにスタバとかがあって、そういったところに行くとあちこちでサイエンスの話をしている。J&Jのラボはガラス張りで、見えるんです。しびれます。サイエンスが街のカルチャーに浸透している。
11. 神田界隈をサイエンスの街にしたい
O:私の野望は神田界隈をサイエンスの街にしたいということです。商店街の知り合いの焼鳥屋が何軒かコロナでやめてしまった。焼鳥屋の跡地はダクトが通せてラボにぴったり。ベンチャーのラボがあって、隣にうなぎ屋があって、またそこにラボがあって、焼き鳥屋というような。そういう商店街があると、ストリートレベルで日本の文化レベルに浸透するかなあと。秋葉原も近いし面白いなと。ここで今後は飲食もやっていこうかと。将来ここでいろんな科学者とか事業家とかデザイナーとかアーティストとかかが語り合っているような。そこまでやれればいいなと。
S:ここで一般の人がコーヒー飲めます?
O:今はまだ。徐々に。つくばの我々がこれからやるところもそんな感じで。まだテナント1社も決めていないのにそれを見切りで工事しているもんですから(笑)。僕としてはかなり綱渡りなんですけど。それくらいやらないと。
 つくばにもウェット(化学系)ラボを求める企業が多いが、つくばは満杯。なので柏を紹介しているらしい。もったいない。うちに紹介してくれって感じ。今、柏の方が、東大も来てるし、つくばも頑張らないと。
S:つくばは相当変わったが、まだ無機質感があるかな。私が来たころより40年経っていて、ほんとにコンクリートの街だった。その頃から見たらだいぶ変わったが、やはりまだまだいろいろ混ざる必要があるかな。バライエティーがまだ少ない。
O:つくばをもっと知りたいのにいいメディアがない。雑誌とかもそうだし。あんな特徴的な街なのに、ブランディングができていない。僕がオリエンタル技研工業に着任した時から、売上としては倍近くに持って行った。当時から日本の生産性が低いのは、ブランディングができてないからと確信していた。要は値上げできない。私がすぐやったのはデザインとかブランドとか、ロゴも変えて、全部ミッションも変えていったんですが。今まで叩き売っていた実験台が適正な価格で販売できるようになった。
 街もそうで、UCSD(カリフォルニア大学サンディエゴ校)のキャンパスのあるところ、もともとカオスだったダウンタウンで犯罪率が高かったところに、UCSDを持ってきて、グラッドストーン研究所(山中先生が居たところ)を持ってきて、小児科病院を作って、そういう研究所をいっぱい作り、今はスタジアムができて。そこが今アメリカで最も地価が上がっている。科学技術とかでまず住民のレベルを上げて、文化レベルも上げて、街を発信するようなデザイン、ブランディングをして、街自体の地下が上がって、みんなハッピー。
12. 美術・グラフィックから広告・建築へ
S:元々美術大学出身ですよね。グラフィックの関係を出られて、そこから建築に行くというのは全然違うところに行くという感じですか?
O:元々アートに興味があり、自分が作った作品で人の心を動かしたいというのが最初。広告にもその要素があったのでグラフィックデザインをやった。あるポスターで、ベトナム戦争で死んだ人の服の写真が建物前面のビルボード(看板を兼ねた壁)にあったのを、渋谷で高校生の時に見て、何だこれはと。調べたら洋服屋さんの広告でした。最後に着る服はどんな服を着るのか、この人はどんな思いで死んでいったのかと心を動かされて。それで僕は広告をやろうと。どうせやるならアメリカだと。アメリカに行って、戻って印刷会社に入って、大手の金融機関への入会キャンペーンとかをやりました。僕が作った広告で口座を増やすとか、そんなことばかりやっていました。
 しかし社会にとってこれでいいのかなと思い始めて。そんなところへ父からオリエンタルに入れと言われ、デザインを生かす領域いっぱいあるなと思い始めた時に、コーンバーグ先生に会って話を聞き、なんて自由にラボを作っているんだろうと衝撃を受けました。実験台の木目の効能は1/fの揺らぎを含むのでいいとか、ラボの中は音がガチャガチャうるさいから、木の方が音を吸収するよとか、床が黒いのは普段酷使している研究者の目を守るためとか。全てのデザインに研究者のことを考えた、人間工学に基づいたデザインになっている。これは僕が広告でやってきたことと一緒。僕の表現とかデザインで人の心を動かす。色も使います。グラフィックで勉強していたので。オレンジ色の壁だとみんなコミュニケーションを取りたがるとかいう効果がある。
(最後に)
O:いろいろ勝手に話したけど大丈夫?
S:いやあ大丈夫かどうか(笑)。 へー と思うことはいっぱいありましたが、まとめるのは難しそう。でも非常に楽しいお話でした。長くなってすみませんでした。今後も機会あるごとによろしくお願いします。
(後書き)

 オリエンタル技研工業は研究室の設備メーカーと聞いていたので、硬いイメージを想像していたのですが、まず事前にホームページを見て、あれ?違うと思ったのが第一印象でした。これは、装置の具体的な話より、林社長の考え方を聞く方に重点をシフトした方がいいかもと思いながら訪問しました。ややシフトし過ぎの感もあったかもしれませんが、非常に面白いお話を聞けました。
 プラナス(株)の、研究所に特化した建築事務所というのも新鮮でしたが、その精神をさらにオリエンタル技研工業にミッション「ひらめきの瞬間をつくる」として持ち込み、機能的改善よりさらに上の視点で研究所を良くしていこうという姿勢に感銘を受けました。
 日本の研究所の環境がどうなっていくか、それが研究の質とレベルにどう影響していくか、楽しんで見守りたいと思います。